第46話 OKじゃねぇよ

 この国の王様は名前をラーハルト=エデルハイドといって、セレスさんのお父さんに当たる人物だ。


 実は四年前に会ったことがあって、お父さんは「あんた」呼ばわりするし、レイラは「おじちゃん」と呼ぶしで、見ている僕がハラハラさせられたのを覚えている。

 配下らしき周りの人たちが目を剥いていた一方で、鷹揚な人なのか、王様自身は特に気にしてなさそうだったけれど。


 そのラーハルト国王が今、王宮前広場に集まった大勢の人たちの前で演説している。


 定期的に開催される国王演説らしいけれど、僕たち王立学院の生徒たちは全員これに強制参加させられていた。


 どうやら急遽決まったらしく、直前になって教員たちから全校生徒へと話があった。

 なんでも今回の演説では重大な発表がなされるらしく、「万が一のこと」があるらしい。


 一体その内容が何かまでは教わらなかったけれど、


「どんな内容であれ、王立学院の生徒として相応しい態度で最後まで拝聴すること」


 などと強く言い聞かされ、僕たち生徒は訝しがりながらも、大人しく従うしかなかった。


「上級生に聞いたら、こんなこと初めてらしいぜ。装備の携帯も許されてるし、マジでどんな発表があるんだろうな?」

「僕に聞かれても……」


 ランタが緊張した様子で言ってくるけれど、この国に詳しくない僕にはまったく見当もつかなかった。

 ただ、万が一のときは騎士団と協力するようにと厳命されていることから、僕たち学院生は戦力として期待されているのだろう。


 つまり、下手をすれば暴動にまで発展しかねない、ということ?


 周りを見ると、みんなランタに負けないくらい顔を強張らせていた。


 だけどそんな緊張とは裏腹に、始まった演説は至って普通の内容のようだった。

 聴衆たちは大人しく聞いている。


「どういうことだ?」

「何も起こらないぞ?」


 王立学院の生徒たちは、今度は首を傾げることとなった。


「最後になるが……実はこのたび、諸君らに発表すべき朗報がある!」


 朗報?

 僕たちはさらに首を傾けた。


 この分だと、どうやら予想していたような危険な事態は起こらなさそうだ。

 学院の生徒たちの多くが弛緩し、ほっとしたときだった。


 続いて王様が口にしたその言葉に、会場が一瞬にして静まり返った。



「我が娘、セレスティアがこの度、婚約を結ぶこととなったのである!」



 えっ!?


 僕は最初、何を言っているのか理解ができなかった。


 セレスさん……まだ、十五歳だよね……?


 なにせ僕の感覚として、結婚などという話が出てくるのは、早くても十八以降のことだと思っていた。

 もちろん前世が影響している。

 日本だと十八どころか、もっと遅くに結婚するのが当たり前だったからだ。


 でも驚いたのは僕だけじゃなかったようだ。

 会場が騒めいている。


「う、嘘だろ……王女殿下が……?」

「マジか……」

「でも幸せならOKです」

「OKじゃねぇよぉぉぉっ!」


 だけどそんな僕らをさらに驚かせたのは、続いて現れた婚約相手だった。


「我らが友好国、ハンバラダ帝国の皇太子、アブドル殿である!」

「「「は?」」」


 それはどう見てもおっさんだった。

 年齢は若く見積もっても四十ぐらい。

 小柄だけどでっぷりと肥えていて、髪の毛がかなり後退している。


 え……?

 セレスさん、あんなのと結婚するの……?


「ご紹介に預かったアブドルですぞ! セレスティア王女と初めて出会ったのは、彼女がまだ幼かった頃だが、当時から子供とは思えぬ美しさだったことを覚えていますぞ! そして今や、大陸中を探しても並ぶものなどいない美貌となられた! そんな彼女を妻に迎えることができること、とても光栄に思っておりますぞ!」


 アブドルという名のその皇太子は、自慢げにセレスさんのことを語る。

 一方で、遅れて壇上に姿を現したセレスさんは、物憂げな表情でアブドルの後ろに控えていた。


 政略結婚、という言葉が僕の頭を過る。


 どう考えてもこれはそれだ。

 国同士の何らかの事情があって、セレスさんはあの皇太子と好きでもないのに結婚させられることになってしまったのだ。


 でも、そうと確信しても、僕に何かができるわけじゃない。

 日本なら明らかな人権侵害だけれど、ここは異世界だ。

 政略結婚なんて珍しいことではないのだろう。


 それでも周囲の人たちが動揺したり、あるいは憤慨したりしている様子から推測するに、さすがにこの不釣り合いな婚約に納得している人は少ないようだ。

 セレスさんの人気もあると思う。


 けれど物々しい騎士団の人たちが鋭い目つきで見渡しているせいで、誰も声を上げることはできない。

 少しでも反対の意思を示せば、すぐさま連行されかねない、そんな空気があった。





「ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!」





 突然、大声が轟いた。

 全員の視線がその声の主へと向く。


 ……って、レイラ!?


「やっぱりおかしいよ!」


 声を上げたのはレイラだった。

 犯人が学院の生徒であることに少し戸惑いつつも、騎士団はすぐさま動き出す。


 だけどレイラはそんなことなどお構いなしに、壇上にいる皇太子へとその指先をびしっと突き付けると、


「だって、あんな気持ちの悪い禿げたおっさんと無理やり結婚させられるなんてっ……死ぬよりも酷いじゃんっ!」


 めちゃくちゃディスった。


 ……あらゆる世界の禿げたおっさんを敵に回しそうな発言だよね。

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