第12話 てめぇのせいだよクソッタレ

 なるほど。

 ここが母さんがいたという剣士ギルドか。


「一つ訊いていいか?」

「……何でしょう?」

「ファラという名前を知っているか?」


 女――リリアというらしい――は、パッと表情を明るくした。


「もしかして《剣姫》ファラのことですか!? もちろんですよ! 黄金時代を築いた女性剣士です! 当時はお父さんとギルドのツートップで、都市最強の名をいつも争っていたんですよ! まだわたしが小さい頃、何度か遊んでもらったことがありますし! とても綺麗で優しい人で……残念ながら、結婚して故郷に帰ってしまったんですけど……」


 どうやら間違いないらしい。


「リリア、と言ったか?」

「はい?」

「仕方がない。このギルドに入ってやろう」

「ほ、本当ですか!?」


 ここは母さんがいたギルドであって、俺には何の思い出もない。

 なので潰れようが別に構わないのだが、現状、《無職》の俺では他のギルドに入れそうにないからな。


 むしろ潰れたら他のギルドに移籍すればいい。

 それまでに大会などで、《無職》でもそこらの剣士に負けない実力があることを示してやれば、門前払いされることもなくなるだろう。


「ありがとうございます! では今度こそ、この〝加入契約書〟にサインをお願いします!」


 常に持ち歩いているのか、リリアは素早く差し出してくる。


 俺は名前と、それから職業を書く欄があったのでそこにも記入しておいた。

 リリアはニコニコ笑顔で受け取って、


「アレルさんって言うんですね、ふふ。職業は…………は?」


 その笑顔が凍り付いた。


「……あの、わたしの目がおかしくなったのでしょうか? ここ、何度見ても《無職》って書いてある気がするんですが……」

「目は正常だと思うぞ。見ての通りだ」

「ふふふ……アレルさんって、冗談がお好きなんですね? ですがこれは契約書ですから、嘘の情報を記載してはいけませんよ?」

「問題ない。嘘ではなく、正しい情報だからな」


 俺は鑑定書を見せる。


「……」


 リリアは凍り付いた笑みのまま、無言で腰に提げていた剣を抜いた。


「どうしたいきなり剣を抜いて? 物騒だな」

「…………………………………………アレルさん」

「なんだ?」

「死にたくなければ、今すぐ契約を破棄していただけませんかね……?」

「なぜだ? あんたがどうしてもというから契約してやったんだが?」

「まさかこんなクソ偉そうな態度の新人が《無職》だなんて、誰も思わねぇだろうがコンチクショウッ!」


 言葉使いが変わった。


「つーか、そもそもこの都市の剣士ギルドに入るには、最低でも〈剣技〉スキルを習得できる《剣士》とか《騎士》とかの【基本職】が必要なんだよッ! それでも頭数合わせにはなるから仕方ねぇと思ってたら、《無職》だと!? ふざけんな! 《無職》なんかを入れちまったら最後、すでに地に落ちたドラゴンファングの名が、もはや地底まで大暴落だ! 未来永劫の笑い物だよ!」


 豹変したリリアの怒号が誰もいないロビーに響き渡る。

 かと思うと、彼女は床に四つん這いになって、


「……ああ……ようやく新人が見つかったと思ったのに……この仕打ち……」

「まぁ元気出せ。いつかそのうち良いことがあると思うぞ」

「てめぇのせいだよクソッタレ!」


 そのとき、また誰かが入ってきた。

 今度は女だ。


「リリア? どうしたんだ? 今、外にまで大声が聞こえてきたんだが……」

「ライナぁ~っ! 聞いて下さいよぉ~っ!」


 リリアが泣きつく。


 ライナと呼ばれた彼女は、俺と同い年くらいの少女だった。

 燃える炎のような赤髪を頭の後ろで一本に結わえている。

 この色の髪、どこかで見たことあるような……?


 細身の長身で、すらりと長い手足。

 一方で胸の方は十分過ぎるほどに育っており、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。

 ふむ、やはり大きな胸はいいものだ。


「せっかく新人が入ったと思ったら、《無職》だったんですよぉっ!」

「《無職》……? ――って、貴様は……!?」


 俺の方を見た赤髪の女が目を見開く。

 それからどういう訳か口端を吊り上げると、くくく、と笑い声を漏らして、


「まさか、貴様がこの都市に来るとはな」

「え? ライナ、もしかして知り合いですか?」

「ああ。この男は私と同郷だ」


 ……同郷?


「あのときの屈辱、未だに私は忘れていない。なにせ貴様に敗北した悔しさから、私はあの町を出てこの都市に来たんだからな」


 俺は首を傾げた。


「誰だ、お前?」

「なっ?」


 赤髪の女は愕然とした表情になる。


「わ、忘れたとは言わせないぞ!?」

「いや忘れたんだから忘れたと言うしかないだろ?」

「ふざけるなッ! 貴様と二度、手合わせしただろう!?」

「記憶にない」

「い、一度目は私が圧勝し、だが二度目で私は貴様に負けた!」

「……?」

「くっ! 貴様、本当に忘れたのか!?」


 だからさっきからそう言っているだろう。


「そもそもあんたみたいな美人、さすがに忘れる訳がないと思うが」

「び、びじっ……」

「……そう言えば、同じような髪の色の奴ならいたな」


 俺が〝双刃斬り〟を習得し、スキルがなくとも同様の技が使えるのだと知るきっかけになった少年だ。

 そう言えばあれ以来、一度も見かけなかったな。


「自警団長の息子だったっけ」

「……む、娘だ!」


 ん?


「自警団長のエバンズに息子などいない! いるのは娘! ……つまり、私だ!」


 ……マジか。

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