第33話 穢されちゃったよぉ

「お兄ちゃん!」

「すごいや!」


 俺が船の甲板の上に降りると、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。

 だがある程度近づいてきたところで、急に一斉に足を止めた。


「く、くさい……」

「う、うん、臭いね……」


 鼻を摘まんで顔を顰めている。

 ふむ、一応海水で洗ったつもりだったのだが。


「り、リヴァイアサンをたった一人で倒しただと……?」

「なんて奴だ……」


 船員たちが慄いている。

 縄で縛っていたが、俺が戦っている間に解いてしまったらしく普通に動いていた。


「縛り直さないとな」

「「「ひいいいっ! じ、自分でやりますからぁぁぁっ!」」」


 船員たちが我先にと自分の手足を縄で縛っていく。


 ……今の俺、そんなに臭いのだろうか。

 もう一度しっかり洗わないとダメだな。


 と、そのとき見知らぬ少年(?)が海から上がってきた。


「うぅぅぅ……ボク、穢されちゃったよぉ……」


 お尻を押えて涙目で呻いている。

 まだ痛いのだろう。


「ふむ。これがお前の人化した姿か」

「そうだよ。たまーにこの姿で人間の町をぶらつくこともあるけど、お菓子いっぱいくれるんだ!」


 リヴァイアサンである。

 ベヒモスと同じように人化できるようだ。


 鱗と同じエメラルドブルーの髪。

 身長は130センチくらいと小柄で、見た目で言えば、助けた少年少女たちの中でも年少の部類に入るくらいだろう。

 実際には何百年、何千年と生きているはずだが。


 それにしても、本来ずんぐりした身体付きなのに人化するとスマートになるベフィといい、何でこんな姿になるのか不思議だ。

 まぁそもそもあの巨体がここまで小さくなること自体が謎なのだが。


「って、なんか君、臭くない?」

「元を辿ればお前のニオイだぞ」


「あーあ、それにしてもまさかこのボクが従魔にさせられちゃうなんてね。ベヒモス、君もやられたのかい?」

「ん。負けた」

「じゃあボクを倒したのも偶然じゃないってわけね……」


 リヴァイアサンはしぶしぶといった様子で、


「仕方ないね! 最近ずっと暇だったし、しばらく君の従魔になっててあげるよ! どうせ人間だし、百年も生きれないでしょ」

「随分と上から目線だな」

「い、いいじゃんか! ボクの方がずうっと長生きしてるんだし! ていうか、もうさっきのはやめてよっ?」


 リヴァイアサンはお尻を庇いながら後ずさった。

 よほど堪えたらしい。


「安心しろ。そう何度もあんなところに入る気はない」

「ほ、本当だよね?」

「本当だからそう警戒するな」

「と油断させておいて?」

「そんなつもりはない」






 それから俺たちは港へと戻った。


 港に着くと、漁港を取り仕切っている組合に船の乗組員たちを突き出した。

 彼らは抵抗する様子はなく、素直に白状していた。

 拉致された張本人たちの証言もあるので、そもそも言い逃れなどできないが。


 と言っても彼らは所詮、下っ端。

 主導していたのは、最初に俺に声をかけてきた男が幹部をしているという商会だろう。

 きっと今回の件が初めてというわけではなく、余罪も沢山ありそうだ。

 恐らくすでに不法に他国で奴隷として売られてしまった者たちもいることだろう。


 しかしその辺りのことにまで俺が関わる必要はない。

 後のことは組合に任せて、俺は次の目的地へと向かうことにした。


 ちなみにちゃんと石鹸で身体を洗ったので、今はもう臭くないはずだ。

 もちろん服もしっかり洗濯した。


「さーゆけ、ベヒモス! 地上を蹂躙しちゃえ!」

「ん」

「ずどーん、どがーん! あはははは! 人がゴミのようだ!」


 相変わらず眠そうなベフィと、彼女に肩車されて道行く人々を見下ろしながら何やら楽しんでいるリヴァイアサン。

 もっと仲が悪いのかと思っていたが、そうでもないらしい。


「まー、こうなった以上、ボクらが喧嘩しても仕方ないしね!」

「ん」


 ちなみにリビィと呼ぶことにした。


「こいつが悪魔のマティでこっちがスライムのプルルだ。まぁ仲良くやってくれ」


 従魔たちを適当に紹介しておく。


「ちょっと扱いが軽すぎないデスかね……?」

「ぷるぷる?」


 俺はベフィとリビィに訊ねた。


「他に神話級の魔物の知り合いはいないのか?」

「いる」

「ボクも知ってるよ!」


 二人(匹?)が揃って答える。


「今度はどこにいるんだ?」

「「空」」







 その魔物は空のどこかにいるらしい。

 もちろん手当たり次第に探して見つかるようなものではない。

 なにせ今度は海よりも広大だ。


 リビィのように向こうから来てくれればいいのだが、あれはたまたまあの付近の海底を回遊していたところだったかららしい。

 物凄く運が良かったというわけだ。


「と言っても、さすがにずっと飛んでるわけじゃないよ」


 リビィが言うにはその魔物の巣があるそうだ。

 というわけで、その場所へ行くことにした。


 ベフィ乗りで数日。

 辿り着いたのは山の麓だった。


「ふむ。これは随分と立派な山だな」


 だがそこらの山とは規模が違う。

 途中の都市で聞いたところによると、標高は七千メートルとも八千メートルとも。

 晴れた日なら、百キロ離れた場所からでもその姿を確認できるほどだ。


 しかもどうやら活火山らしい。

 確かに頂上付近で煙が上がっているのが見える。


 何百年も前に大噴火を起こし、その灰が空を覆い尽くしたという。

 日射不足で延々と冬のような寒さが続き、作物も育たなくなって大量の餓死者が出たとか。


「ここの火口があいつの巣だよ! ……たぶん」

「なかなかハードな登山になりそうだな」

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