第二章
第1話 今度は魔法を極めたい
目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
かなり古い家なのであちこち傷みが目立つが、その中でも一際目を引くのが大きな穴だ。
以前、朝起きたら姉さんが俺のベッドに忍び込んでいて、思いきり蹴り飛ばしたときにできたものだった。
実家の自室の天井である。
十数年間過ごした懐かしい部屋の光景に、俺は思わず目を細めた。
「……ふむ。やはり実家は落ち着くな」
ベッドも身体に馴染み、昨晩はよく眠れた気がする。
と、そこで腰の辺りの柔らかな感触に気づく。
毛布を引っぺがすと、俺に抱きつくような格好で幼い少女が寝ていた。
「にいさま……どーして、みらをおいてったです……むにゃむにゃ」
そんな可愛らしい寝言を口にしているのは、俺の妹のミラだった。
俺が祝福の儀を受けた後に生まれて、もうすぐ五歳。
小さい頃からずっと俺にべったりだったが、しばらく実家を離れていたせいか、帰って来てからそれに拍車がかかってしまった気がする。
まぁ勝手にベッドに潜り込むくらい仕方がないだろう。
もしこれが姉さんだったら有無を言わさず蹴り飛ばしているが、ミラにそれをするわけにはいかない。
なにせ妹だからな。
「よしよし」
「……ん……」
俺が頭を撫でてやると、ミラの頬が嬉しそうに緩んだ。
ちなみにその姉さんだが、今は実家を離れている。
俺が剣の訓練を本格的にスタートさせた後、「待ってろよ、アレル! お姉ちゃんが必ず、アレルが何不自由なく暮らしていける世界を作ってやるからな!」などと覚悟を決めた顔で告げて、単身で家を出て行ってしまったのだ。
一体どこで何しているのだろうか?
まぁいい。
お陰で静かで助かっているしな。
俺が実家のあるこの小さな町へと返ってきたのは一昨日のことだ。
剣の都市に行っていたのはせいぜい半年ほどだったが、今までほとんど町の外に出たことがなかったためか、長く故郷を離れていたような感覚がある。
だから随分とこの町のことが懐かしく思えた。
それで帰宅するなり町のあちこちを散歩したのだが、なぜか俺が剣の都市へ旅立ったことを知っている人が多くいて、会う度に声をかけられた。
『アレル君、よく頑張ったね……。人間、何事も挑戦することが大事だから、あんまり気にしちゃいけないよ?』
『その経験はきっと今後に生きてくる。だから強く生きるんだ』
『君には君のことを愛している家族がいる。そのことだけは忘れちゃいけないよ?』
などと決まって慰めの言葉ばかりかけられたのだが、どうやら俺が挫折してすぐに帰ってきたと思ったらしい。
一応、そんなことはない、むしろ剣神杯という都市最強の剣士を決める大会で優勝もしたのだ、と訂正したのだが……。
そうするとますます心配されて可哀想な子を見るような目をされてしまったので、まぁ別に勘違いされていても困るようなことではないか、と諦めたのだった。
それから、昨日は。
俺は世界最強剣士の座を賭けて母さんと戦った。
ギリギリで俺が勝った。
まぁ俺は剣の都市で実戦訓練を積み、しっかりと仕上げた状態だったからな。
一方の母さんは、たまに自警団の手伝いで魔物の討伐に駆り出されることはあるものの、実戦から離れて久しく、ほぼ専業主婦状態。
その差は決して小さくなかっただろうが、それでも一応、勝ちは勝ちだ。
『すごいですよ、アレルちゃん! たった半年でこんなに強くなるなんて!』
母さんは自分が負けたというのに手放しで喜んでくれた。
今まで一度も勝てたことがなかったからな。
この半年、実家を出て剣の都市で過ごしたのは間違いではなかったということだ。
それにしても、同じスキルを持っているはずなのに、やはり母さんは剣の都市のダンジョンで戦った《剣神》のリビングアーマーとは比べ物にならない強さだった。
リビングアーマーはあらかじめインプットされた命令に従い、スキルを繰り出すだけなので、人間らしい臨機応変さなど期待できない。
対して母さんは、戦術の組み立て方、予想外の攻撃に対する咄嗟の判断力、状況に応じたスキル選択の巧みさなど、そのいずれもが超一流で、決してスキルに頼った戦いはしない。
まぁそう考えると差が出るのは当然だな。
しかし母さん、正直それほど頭は良くないし、普段はかなりおっちょこちょいなところもあるのだが、剣を握っているときだけは別人のようになるから驚きだ。
ともかく、俺はこれで名実ともに世界最強の剣士になったと言ってよいはず。
……ふむ。
今日からどうしようか?
なんというか、急に張り合いというか、緊張感が抜けてしまった気がするな。
もちろんこれからも剣の鍛錬は続けていくつもりだ。
しかしすでに頂点に立ってしまった今、これまでと同じ意欲と覚悟で臨めるかと言うと、なかなか難しいだろう。
これまで一日のほぼすべての時間を訓練に費やしてきたが、さすがにそんなことはできないに違いない。
となると、きっと暇になる。
少しはのんびり休んでもいいのかもしれないが……俺の性分として、それは落ち着かないのだ。
「よし、ならば次はアレを極めてみるか」
その日のこと。
俺は父さんに頼み込んだ。
「俺に魔法を教えてくれ。今度は魔法を極めたい」
父さんと、それを横で聞いていた母さんは、口をぽかんと開けたのだった。
「「……は?」」
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本作のコミカライズ版、第6巻が明日発売されます!!!
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