第9話 誤差の範囲だな

「よし。それではペースを上げるぞ」


 先頭を走る試験官が軽く告げると、受験者たちから悲鳴が上がった。


「マジかよ!?」

「最後までこのペースで行くんじゃねぇのか!?」

「聞いてねぇよ!」


 しかし彼らの抗議も空しく、試験官がスピードを上げた。


「くそっ……付いていくしかっ……」

「も、もう無理だ……っ!」


 あっという間に新たに二人が脱落する。


「ば、馬鹿なっ……俺様がこんなところでっ……」


 さらに先ほどのモヒカン男も遅れ始めた。

 どうやらパワーはあっても、持久力はなかったらしい。


 しばらく粘ってはいたが、やがて彼も脱落した。


 残ったのは十五人。

 試験官がゆっくりとペースを落とし、やがて立ち止まった。


「よし、ここまでだ。ここにいる者たちが一次の合格者だな」

「「「終わった……」」」


 皆も一斉に立ち止まる。

 ここまで残った彼らもかなり息が上がっており、しゃがみこんだり倒れ込んだりしながら、安堵の表情を浮かべていた。


「ぜぇぜぇぜぇ……」


 と、そこへ先ほどのモヒカン男が遅れてやってくる。


「残念だが合格は最後まで付いてこれた者たちだけだ。また次回、頑張るがいい」

「ああっ、ふざけんなよ!?」


 試験官の無情な通知に、モヒカン男は声を荒らげた。


「この《無職》野郎が合格で、俺様が不合格なんてあり得ねぇ! 何かの間違いに決まってるだろ!」


 俺を指さし、そんなことを言う。

 試験官は眉根を寄せながら、


「彼は間違いなく最後まで付いてきた。職業が何であれ、この一次試験は合格だ」

「納得がいかねぇ! おい、てめぇ何かインチキしやがっただろ! だいたい八十キロも背負ってあんなに走れるはずがないと思ってたんだ! こいつは他と違って軽いに違いねぇ!」


 そう叫んで、モヒカン男は俺が胸の前で抱えていた荷物をふんだくった。


「ほら見ろ、こんなに軽――うおおっ!?」


 片手では持てなかったようで、地面に落としてしまった。

 その様子が少し滑稽だったからか、周囲から笑いが起こる。


「わ、笑うんじゃねぇ! 思ってたより重かっただけだ! これが三十キロだと……?」

「待て、これは……」


 怪訝に思った試験官が荷物を持ち上げようとする。


「っ! やはりな……これは三十キロではない。六十キロだ」

「「「なっ!?」」」


 さらに試験官は、俺が背負っていた荷物の方も確かめて、


「これも五十キロではない。百キロだ」

「「「百キロ!?」」」


 試験官が説明してくれる。


「容量がほとんど変わらないのは、倍の密度の特殊な金属を詰めているからだ。上級冒険者のトレーニングのために作ったものなのだが……どうやら交ざってしまっていたらしい」


 だから微妙に他とは色が違ったのか。

 見分けがつくようにしていたのだろう。


 つまり俺は一人だけ百六十キロを運びながら走っていたらしい。

 他の前衛の三倍強、後衛と比べるなら五倍強の重さだ。


「まぁ誤差の範囲だな」

「「「んなわけあるかっ!」」」


 全員から一斉に突っ込まれた。


「……と、とにかく、次の試験に移行するぞ」


 試験官が戸惑いながら告げる。

 しかしそれをよしとしなかったのは先ほどのモヒカン男だ。


「ま、待ちやがれ! 俺様は認めねぇぞ!」

「認めるもなにも、彼は必要以上の重さを背負って最後まで付いてきたのだ。合格以外にあり得ないだろう」

「それが何かの間違いだってんだよ! だいたいこんな貧相な身体で俺様より筋力があるわけねぇだろっ!」


 モヒカン男はそう叫ぶと、いきなり掴み掛かろうとしてきた。

 その手を逆に掴み返すと、両手を合わせて組み合う形になった。


「飾り物の筋肉なんじゃないか?」

「黙れっ!」


 モヒカン男が渾身の力で押してくる。

 さすがに力には自慢を持っているだけあって、なかなかの腕力だ。


 俺はもう少し本気を出すことにした。

 筋肉が隆起し、両腕がモヒカン男の腕より太くなる。


「……は?」


 唖然とするモヒカン男の手を握力に任せて握り潰す。

 ボキボキボキと骨が砕ける音がした。


「~~~~~~っ!?」


 さらに腕だけでモヒカン男の身体を持ち上げると、


 ぽいっ。


 そのまま遠くに放り捨ててやった。

 試験の邪魔だしな。






 二次試験は冒険者ギルドの地下に設けられた訓練場で行われるらしい。

 一次試験を突破した俺を含む十五人が集まる中、試験官が告げた。


「それではこれより二次試験を始める。ただし、担当するのは彼女だ」

「あなたたちの試験をお手伝いすることになったエリウスよ。よろしくね」


 妖艶な雰囲気の美女だった。

 露出の多い服装で、男の受験者たちが鼻を伸ばしている。


 一体どんな試験なのだろうかと思っていると、


「出ていらっしゃい、ボーア」


 彼女がそう呼びかけると、訓練場の奥から巨大な影が現れた。


「ま、魔物っ?」

「でかっ」


 体高二メートル、全長は五メートルを超える猪だ。

 四肢は大木の幹のように太い。


「パワーボアという種類の魔物よ。でも安心していいわ。ちゃんと躾けているから」


 どうやら彼女は魔物調教師らしい。


「その名の通りパワー自慢で、城壁すら破壊しちゃうほどの突進が得意なの。熟練の冒険者でも遭遇したら即座に逃げ出すほどの魔物ね」


 受験者たちが息を飲む中、彼女は楽し気に言った。


「これからあなたたちにはこの子と戦ってもらうわ」

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