第27話 その台詞の方がよっぽど失礼ですよ!?

「た、助けてくれっ!」


 血相を変えた青年が、俺たちのところまで駆け寄ってきた。

 よほど急いでいたのか、ぜぇぜぇと呼吸が荒い。


「どうしたんだ?」

「な、仲間がっ……! 仲間がピンチなんだ! お願いだ! 手を貸してくれ!」


 青年はそう訴えてくる。


「分かった。詳しい話は走りながら聞く。案内してくれ」


 と、あっさり頷いたのはライナである。

 正義感の強い彼女は、困っている人間を放っておけないのだろう。


 一方、それに難色を示したのはリリアだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ。いえ、わたしも別に手を貸すのは吝かではありませんが、後でその労力に見合う報酬をちゃんと貰えるんですよね?」


 なかなかがめつい女である。

 青年は一瞬迷ったような顔をしてから、


「も、もちろんだ! 金なら後から幾らでも出す!」

「なら行きましょう! アレルさんもいいですよねっ?」

「ああ」


 ダンジョン探索はすべて自己責任。

 なので別に彼らがどうなろうと知ったことではないが、


「もしかしたら【最上級職】のリビングアーマーがいるかもしれないからな」


 この階層に来ているということは、この青年とその仲間はそれなりの実力者のはずだ。

 それでピンチに陥っているというなら、恐らく強敵がいるのだろう。

 だとすれば助けにいく意味はある。


「……アレルさんもわたしと同類だと思うんですけど?」

「失礼だな。リリアとだけは一緒にされたくない」

「その台詞の方がよっぽど失礼ですよ!?」


 ともかく、俺たちは青年に案内されて現場へと急ぐ。


「ここだ! この部屋で仲間が……っ!」


 俺たちは青年が言うその部屋へと飛び込んだ。

 だが、


「……ふむ?」

「何もないんですけど?」

「どういうことだ?」


 予想していたような激しい戦闘の光景はそこにはなく、ただ何もない小部屋があるだけだった。


「はははは! 馬鹿め! かかったな!」


 振り返ると、入り口の外から青年が嘲るような笑みを浮かべていた。


 直後、足元が光り出す。

 そこには魔法陣があった。


「ま、まさかこれは……転移トラップ!?」

「なっ……」


 リリアとライナが息を呑んでいる。

 ふむ。

 どうやら俺たちはあの青年にまんまと騙されたらしい。


 次の瞬間、俺たちは魔法陣から溢れ出してきた光に呑み込まれていた。


 そして気持ちの悪い浮遊感の後、気づけば先ほどとはまったく違う空間に飛ばされていた。


「転移トラップ……つまり、別の場所に強制的に飛ばされるトラップということか」


 周囲を見渡しながら俺は呟く。

 かなり広い空間だ。

 見事な装飾を施された壁や柱のせいか、まるで荘厳な神殿の中のような印象を受ける。


「……あ? ななな、何で俺まで!?」


 背後から男の声が聞こえた。

 振り返ると、なぜか俺たちをトラップにかけた青年がいた。


「くそっ!? まさか入り口の外にいても巻き込まれるのかよ!? 冗談じゃねぇ――――ぶげっ!?」


 途中で台詞が悲鳴に変わったのは、リリアが容赦なく顔面を殴りつけたからだ。

 彼女はいつもの猫かぶり状態から、本性を露わにして、


「おいこら? どういうことだ、あ? 誰に命令されてこんなことをした? 話せ。でないと殺す」

「ひいいいっ!?」


 そのあまりの豹変ぶりにビビったのか、青年はあっさりと暴露した。


「ぶ、ブラックブレードのギルド長に頼まれたんだよ! 俺は別のギルドの所属だが、大金を積まれてっ……! たぶん、あんたらが剣神杯の本選に出てくるのを嫌ったんだろう! だからダンジョンで罠にかけて、始末しようとしたんだ!」

「そうですか」

「ぶごっ!?」


 リリアはもう一発、青年の顔を殴ってから、


「まぁそんなところだろうとは思いましたが……それにしてもクズですね」

「あれでこの都市一位の剣士か」

「ほんとですよ。その座を維持するためなら、どんな汚いことでもする。そんなのがトップに立っているなんて、剣の都市も随分と落ちたものですよ」

「その相手に実力で負けているリリアが言っても説得力はないがな」

「アレルさんって本当に良い性格してますよね!?」


 リリアにだけは言われたくはない。


「そんなことより、今はここから早く脱出することだろう。一体どこに飛ばされたんだ?」

「お、俺は知らねぇ! ただ、あのトラップにかかったら、絶対に帰還することは不可能だって……ああ……こんなことになっちまうなら、受けるんじゃなかったぜ……」


 ライナに問い詰められ、青年は顔色を青くして応じる。


 と、そのときだった。

 部屋の奥に、先ほどのトラップとよく似た魔法陣が出現。

 光の柱が立ち昇り、辺りを煌々と照らしたかと思うと、そこに人影が姿を現していた。


「ほう。見たことのない色のリビングアーマーだな」


 このダンジョンに出没するリビングアーマーは、その職業によって鎧の色が異なるらしい。

 今まで赤銅色や青色、濃緑色、灰色、薄赤色などに遭遇してきたが、目の前の〝黄金色〟は初めてだった。

 何となくだが、かなり期待できる気がする。


 そんなことを考えていると、リリアが愕然とした顔で、


「……お、黄金色の鎧なんて……う、嘘ですよね……」

「知っているのか?」


 わなわなと声を震わせながら、リリアはそのリビングアーマーの正体を告げたのだった。


「【超級職】《剣神》のリビングアーマー……」

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