第20話 嫌でも悟るだろうしな

 平原を進んでいると、空から巨大な影が迫ってきた。


「オアアアアアアッ!」

「ふむ、ワイバーンか」


 あまり見かけない赤茶色の鱗のワイバーンだ。

 全長は三メートルほどと、通常の緑色のワイバーンよりも少し大きい。

 俺を獲物と見なしたのか、猛スピードでこちらへと降ってくる。


「〝飛刃〟」

「グギャッ!?」


 刃を飛ばすと、胴部が綺麗に真っ二つになった。

 上下に分かれて地面に墜落する。


 さらに先に進むと、今度は地鳴りが聞こえてきた。

 地面が振動し、それがだんだんと近づいてくる。


「ふむ? 地中にまで魔物がいるのか」


 やがてそれがすぐ足元まで迫ってきたとき、俺は剣を大地へと突き刺した。


「~~~~ッ!?」


 地中から驚愕と苦悶の悲鳴が聞こえてきた気がした。

 それでも勢いだけは止まらなかったのか、地面が盛り上がって、魔物の一部が地上に姿を現す。


 丸っこい毛むくじゃらの頭部。

 恐らくモグラ系の魔物だろう。

 俺の剣は脳天を突き破っていて、すでに絶命していた。


 先へと進む。

 すると俺の前に塀のようなものが立ちはだかった。


「何だこれは?」


 鮮やかな緑色。

 菱形の模様が並んでいて、高さは一メートルくらいあるだろうか。

 塀と呼ぶには丸みを帯びていて、しかも真っ直ぐではなくグネグネと曲がりながら左右に続いている。


 触ってみると随分と弾力があった。

 こんなところに人工物があるとは思えないが……。


「「シャアアアアッ!」」


 その正体が判明したのは、塀の両側が持ち上がり、鋭い威嚇音が轟いたからだ。

 そこには鎌首をもたげた巨大な蛇がいた。


「なるほど、これは巨大蛇の身体だったのか」


 しかも尾が存在せず、両側が頭部になっているらしい。

 左右から同時に襲いかかってきた。


「エクスプロージョン×2」


 ドドオオオオオオオオオオン!!!


「「~~~~~~ッ!?」」


 二つの爆発が巻き起こり、頭が同時に吹っ飛んだ。


 残ったのは長い胴部だけだ。

 それを飛び越え、俺はさらに先へと進んだ。



    ◇ ◇ ◇



「ったく、相変わらずお人よしが過ぎるぜ、リーダー」

「まったくだ。せっかくリーダーが忠告してやってんのに、耳を貸そうともしない身の程知らずなんざ、放っておけばいいのによ」

「そうそう。しかもわざわざ後を付いていくなんて」

「まぁそう言うなって。相手はまだ若い青年だぜ? 過信するのも理解できるし、今後のためにも痛い目を見ておいた方がいい。だが一人だと死んでお終いだからな」


 冒険者業界では名の知れたAランクパーティ〝フロントライン〟

 そのリーダーを務めるA級冒険者ブレイクは、その厳つい見た目とは裏腹に、自他ともに認めるお人よしだった。


 先ほどあの青年に忠告したのは、本当に彼を心配してのことである。

 これまでも、ああした血気盛んな若者があっさりと命を落とすのを見てきたため、放ってはおけないのだ。


 メンバーたちも不満を口にしてはいるが、本気で言っている者はいない。

 彼らは自分たちのリーダーに半ば呆れつつも、良き理解者なのだった。


 ちなみにAランクパーティである彼らにとって、気配を消すことくらいは造作もないこと。

 見通しのいいこの平原だろうと、前を行くあの青年が気づくことなどあり得ないはずだ。


「ま、どのみち最初の魔物と戦えば、嫌でも悟るだろうしな」


 見ず知らずの青年のお守りもそう長くはならないだろうと、メンバーの一人が肩を竦めたそのときだ。


「オアアアアアアッ!」


 空から滑空してきたのは、赤茶色の鱗のワイバーンだった。


 レッドワイバーンと呼ばれており、通常のワイバーンよりも大きく狂暴だ。

 しかもあの赤茶色の鱗が非常に硬く、一流の剣士でもそう簡単に傷をつけることができない。


「いきなりレッドワイバーンとは不運だな」

「下手したら最初の攻撃で致命傷だぞ」


 平原の最外部に現れる魔物の中でもトップクラスの強敵が現れたことで、少々慌てるフロントラインのメンバーたち。


「グギャッ!?」


 しかし次の瞬間、なぜかレッドワイバーンが悲鳴を上げ、その胴部が真っ二つになった。

 そのまま盛大に地面に激突する。


「「「……は?」」」


 一体何が起こったのか理解できず、彼らは口をぽかんと開けたまま呆然とする。


「い、今、何があった……?」

「何でいきなり真っ二つになったんだ……?」


 そんな中、【上級職】の《天剣士》であるブレイクだけが、目の前で起こったことを正しく捉えていた。


「け、剣を振った……」

「え?」

「あの青年……ほんの一瞬だったが、鞘から剣を抜いて一閃したように見えた……気がした」


 だが彼にもはっきりと見えたわけではなく、本人としても半信半疑といった様子である。


「いやいや、どう見ても何もしてなかっただろっ?」

「ぼ、僕もそう思う」

「ほら見ろ、剣はちゃんと鞘に納まってるじゃねーか」


 次々と反論されてしまう。

 他の三人には、勝手にレッドワイバーンが真っ二つになったようにしか思えなかったのだ。


「だ、第一、剣を振ったところで届くはずもないだろ? あんなに離れてたんだしよっ」

「それはそうだが……」

「お、おいっ、あいつ行ってしまうぞっ!」


 青年はすでに何事も無かったかのように先へと進んでいた。

 彼らは慌ててその後を追いかけたのだった。

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