第15話 不幸ニマケズ、カツ丼

15−1

 6月中旬。外はざあざあ振りの雨。傘を差していても肩やら膝やらが濡れるくらいだ。こんな天気の日に好き好んで出かけていく奴はまずいなくて、外にいるのは予定が決まっていて動かせない奴か、雨にも風にも負けずに働く社畜、またはその予備軍であるバイトくらいだ。


 俺、笠原涼太かさはらりょうたは最後に該当する。朝起きて天気を見た瞬間にうんざりして、できることなら全部の予定をすっぽかして家で一日ダラダラしていたかった。大学の授業だけならそうしてもよかったのが、バイトだけはどうしてもサボれなかった。ただしそれは俺が社畜予備軍だからではない。バイト先が俺にとって外せない場所だからだ。


「やー、にしても今日はひどい天気だねー」


 窓の外を眺めながら言ったのはバイト先の店長である喜美きみだ。雨は全く止む気配がなくて雨粒が窓ガラスを滴り落ちている。外の景色もまともに見えないくらいだ。


「夜になったらちょっとはマシになるかと思ったけど全然だね。これじゃお客さん来なくてもしょうがないかなー」


 今の時刻は夜の8時。夕食時ということもあってこの時間帯のたまご食堂にはいつもはそこそこ客がいる。でも今日は悪天候のせいか客は一人もおらずガラガラだ。おかげで俺も喜美も暇を持て余していた。


「……こんなに暇だったら俺いてもしょうがねぇんじゃねぇの?」俺はぼそりと言った。「この分だと客来なさそうだし、何なら帰っても……」


「あーダメダメ! 涼ちゃんには最後までいてもらわないと!」喜美が慌てて引き留めてくる。


「いやだって、俺今日掃除くらいしかしてねぇし、それでバイト代もらうのもなぁ……」


「いいんだよ! 涼ちゃんはそこにいるのがお仕事みたいなもんだから!」


「いるのが仕事っつったって……。招き猫じゃねぇんだから客寄せとかできるわけじゃねぇぞ」


「そういうことじゃなくて! あたしが一緒にいてほしいって言ってるの! もー何で言わせるかな!?」


 顔を赤らめ、ぷりぷりしながら自分の気持ちを伝えてくる喜美が何ともいじらしい。もちろん俺だって本心から帰りたいなんて思ってるわけじゃない。バイトの時間は喜美と一緒にいられる貴重な時間で、だからこそ濡れ鼠になっても出てこようと思えたのだ。


「……冗談だよ。心配しなくても最後までいてやるから」


「ホント?」


「うん。あ、でも別にバイト代欲しいからじゃないから。何ていうか……俺もお前と考えてることは同じっていうか……」


「え、そ、それって……」


「……うん。そういうことだよ。言わせんなよ」


 赤くなった顔を見られないようにそっぽを向く。なるべく気持ちを素直に伝えようとしてはいるのだが、喜美のようにはっきり言葉にするのはやっぱり恥ずかしい。

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