12−11
その後の店内は大賑わいだった。みんな様々な料理を注文しては食べ、その絶品な味わいに舌鼓を打ち、他の料理も食べたいと言っては追加の注文をしていた。
「へえ、天津飯は本場では塩餡を使うのか。今度の商談の雑談で使えるかもな」
「この茶碗蒸し美味しいわねぇ。今度卵焼きと一緒に作ってみようかしら」
「うわ、エッグベネディクトって超映える! ねぇお父さん、今度これ作ってよ!」
「いやぁ、そない洒落たもんはよう作らんなぁ……。まだこのオムレツの方がいいわ」
「What’s the name of this dish?」
「これは親子丼と言うんだよ。鶏肉と卵の親子を使っているからこの名前が付いたんだ」
テーブル席からはそんな声が聞こえてくる。みんな新しい料理に興味津々で、自分が注文した料理だけでなく他のテーブルの料理まで覗き込んでいた。
「うわー、やっぱ喜美さんの卵焼き超うめぇ! 甘くてふわっふわで!」
「こっちの出汁巻きも絶品っすよ! 出汁がじゅわっと染み出すのがたまんねぇっす!」
「うわ、マジだ! くっそー……どうせなら俺も出汁巻きにすりゃあよかったな」
「あ、じゃあ残り交換しますか? 俺、卵焼きしばらく食ってなかったんすよね」
「お、いいね! ちょうど3切れずつ残ってるし!」
昌平と岡君はいつの間にか意気投合したらしい。仲良くお互いの料理を交換する様は昔からの親友のようで、さっきまでビビってビビられていた関係とは思えない。
「このオムライス本当に美味しいわねぇ。笠原君の胃袋摑んだのもよくわかるわ」
大騒ぎする男2人の隣で小林さんは静かにオムライスを食べている。ソースまで残さず綺麗に食べる姿はとても上品だ。
「……別に胃袋摑まれたつもりはないですけど」俺はお冷を足しながら無愛想に言った。
「あらあら強がっちゃって。自分の気持ちには素直になった方がいいわよ?」
「……その話はまた今度聞きます。何か追加で注文ありますか?」
「ううん、今はいいわ。みんなの様子を見てたらお腹いっぱいになっちゃったもの」
小林さんが目尻に皺を作って店内を見回す。客はみんな夢中になって料理を食べていて、見るからに幸せそうな顔をしている。確かにお腹がいっぱいになる光景だ。
「……そうですね。俺もここでバイトしてもうすぐ半年になりますけど、こんなに賑やかなのは初めてです。でもこれが本来の姿なんでしょうね」
「そうね。これも全部あの子の力なんでしょうね」
小林さんが厨房に視線を向ける。喜美は厨房に籠もりっきりで次から次へと料理を作っていた。オーダーが入れば大声で返事をして、冷蔵庫から食材を取り出しては調理台へとすっ飛んでいく。その姿は俺が今までに見た中で一番幸せそうだった。
「……こんなにいいお店がなくなるなんて残念ね。何とかならないのかしら?」
「どうでしょう。あいつ次第だとは思いますけど……」
久しぶりにお客さんに囲まれて喜美の意識は変わっただろうか。お客さんとふれ合う喜びを思い出し、店を畳むことを思い直してくれないだろうか。そう思って企画した今日のドッキリだったが、忙しすぎて喜美の考えを聞くチャンスがない。
「ごめーん! 遅くなっちゃった!」
声と共に勢いよく引き戸が開かれ、背の高い若い女性と小柄な中年の女性が揃って店に入ってきた。俺の姉ちゃんと母さんだ。
「おせーよ。6時には来いって言ったのに、もう7時半過ぎてる」俺は姉ちゃんに文句を言った。
「仕事が長引いたんだからしょうがないでしょ! 社会人は忙しいのよ!」
「なら母さんだけでも先に来りゃよかったのに。今日パート休みだったんだろ?」
「そうだけど、私はここ来るの初めてだから、1人だと迷いそうで心配だったの」
「まぁいいけど……テーブルとカウンターどっちがいい?」
「えー、どうしよう」姉ちゃんが店内を見回した。
「っていうか今日すごい混んでるわね。この前来た時と全然違う」
「今日はみんなに来てもらったんだよ。あいつが店辞めないように」
「辞める? このお店なくなるの?」
「わかんないけど、それっぽい話は出てる。あ、本人には言うなよ。俺も直接聞いたわけじゃないから」
「はぁ、それであんたは、喜美さんが店を辞めるのを止めさせたがってるってわけ?」
「まぁ……そうだな」
「ふーん。あの人に興味がなかったあんたがねぇ……」
姉ちゃんが目を細めて俺を見つめてくる。俺は無言で目を逸らした。
「ま、いいわ。詳しい話は後で聞かせてもらうから。母さん、テーブル席でいい?」
「私はどっちでもいいわ。それより喜美さんにご挨拶がしたいわねぇ」
「後にした方がいいぞ。今めちゃくちゃ忙しいから」
「そうみたいね。でも
「うん、あたしも喜美さんにまた料理教えてもらいたいし!」
姉ちゃんと母さんが会話をしながら空いたテーブル席に向かう。4つあるテーブル席がこれで全部埋まった。それでもまだ誰も帰ろうとしない。
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