7−3
「えーと、ディスイズメニュー、アンド、ウォーター……」
俺は相変わらずたどたどしい英語でお冷とメニューを置いた。帽子とサングラスを取った女性がぱっちりとした青い目で俺を見つめてくる。至近距離で見るとかなりの美人であることがわかり、俺は少しだけどぎまぎした。
「えーと、メニュー、ディサイド、プリーズ、コール、ミー……」
「エッグベネディクト、アリマスカ?」
「え?」
聞き慣れない言葉に俺は首を傾げた。女性がなおも尋ねてくる。
「ワタシ、エッグベネディクト、ホシイ。エッグベネディクト、ナイデスカ?」
俺は呆気に取られて女性を見つめた。この人、日本語も話せたのか。それなら早く言ってくれればよかったのに。拙い英語でコミュニケーションを取ろうとしていた自分が急に恥ずかしく思えてくる。
「すみません。エッグベネディクトっていうメニューはないんです」
「Really?」
「本当です。ほら、メニュー見てください。載ってないですよね?」
俺はメニューを順番に捲って見せた。女性が前傾姿勢になってメニューを覗き込む。深いVネックのワンピースからグラマーな胸が覗き、健全な20代男子である俺の目は自然とそこへ引き寄せられた。が、喜美に目撃されたらいろいろな意味で咎められそうなので急いで視線を逸らす。
「Oh my god…….My Eggs Benedict……」
女性が見るからにショックを受けた顔で頭を抱えた。そんなに食べたかったのだろうか。俺は自分のささやかな欲情を脇に追いやって言った。
「あの、代わりにオムライスはどうですか? とろとろで美味いですよ」
「Torotoro?」
「あ、とろとろって言うのはえーと、舌触りがいいって意味で……」
「Shitazawari?」
「とにかく美味いんです! ベリー、ベリー、デリーシャス!」
俺はやけくそになって言った。これじゃ完全にあいつと同レベルだ。
「Oh……it’s interesting.Then I’d like one omelet rice」
「オムライスを1つですね。ケチャップ、デミグラス、クリームソースの3種類あるんですけど、どれがいいですか?」
「Let me see……cream sauce please」
「クリームソースですね。他にご注文はないですか?」
「Yes,that’s all」
「わかりました。じゃ、もうしばらく待ってください。すぐ作りますんで」
「OK.I’m looking forward to your cooking」
女性が俺ににっこりと微笑みかけた。さらりと揺れたブロンドが彼女をますます美人に見せている。俺は少しだけ赤くなって厨房に戻った。
「あ、おかえり涼ちゃん! どうだった? ちゃんと通じた?」
俺が厨房に戻るとさっそく喜美が声をかけてきた。ブロンド美人に鼻の下を伸ばしていると思われたくなかったので、喜美から目を逸らして俺は答えた。
「うん。クリームソースのオムライスを1つだって。っていうかあの人日本語話せたぞ」
「あれ、そうなの? ずっと英語で喋ってたから、日本語わかんないのかと思ったのに」
「まぁ片言だったから、あんまり得意じゃないのかもしれないけどな。とりあえず早く作ってやれよ、オムライス」
「はいはい。っていうかさ、涼ちゃんさっきあの人に見とれてたよね?」
喜美が目ざとく指摘する。俺はぎくりとしたが、努めて冷静さを保とうとした。
「……別に見とれてねぇよ。外国人だから珍しいって思って見てただけだ」
「うっそ! さっき真っ赤になってたじゃん! あたしの目はごまかせないんだからね!」
喜美が怒った顔で腰に手を当てる。俺は気まずそうに視線を逸らした。
「……しょうがねぇだろ。生でブロンドの美人見る機会なんて滅多にないんだから」
「あーあ開き直ってるよこの子。あたしというものがありながら、よその女の人に目移りするなんて……」喜美がさも嘆かわしそうに首を振った。
「誤解生むようなこと言うな。俺はお前の彼氏じゃないから」
「へぇ? そういうこと言うんだ? あたしの気持ち知ってるくせに? ふーん?」
喜美がいじけたように唇を尖らせる。俺は相手をするのが面倒になって皿洗いを始めた。
「ちぇっ、涼ちゃんのいけず。いいよいいよ、どうせあたしはまな板なんだから。まな板はまな板らしく料理に専念しますよっと」
喜美が一人でぶつぶつ言いながら調理台に向かう。俺は何の話をされているのかわからならかったが、すぐに胸のことを言っているのだと気づいた。あの場面を目撃されていたのだと思うと途端に気まずさがこみ上げてくる。
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