7−4
「あのさ、ところでエッグベネディクトって何だ?」俺は話題を転じようと尋ねた。
「エッグベネディクト? ニューヨークの定番朝食だけど、なんで?」喜美が卵をボウルに割り入れながら聞き返した。
「あの人、最初はエッグベネディクトを注文したんだよ。メニューにないって言ったらすごい残念そうな顔してさ」
「へぇ、そうなんだ。うちは朝はやってないから、さすがにそれは置いてないなぁ……」
「俺、初めて聞いたんだけど、エッグっていうくらいだから卵料理なのか?」
「うん。イングリッシュマフィンの上にベーコンとポーチドエッグを乗せて、その上にオランデーソースっていうのをかけるんだ! フワッフワのマフィンにカリッカリのベーコンと、トロットロのポーチドエッグが絡み合って美味しいんだよ!」
擬音が満載の説明を聞いただけで美味そうなのが伝わってくる。俺は空きっ腹が鳴りそうになるのを手で抑えた。
「でも、それにしたって何であんなに落ち込んでたんだろうな?」俺は皿の水を切りながら呟いた。「よっぽどエッグベネディクトが食べたかったのか?」
「それか特別な思い入れがあるかだね。ね、涼ちゃん、聞いてきてよ」
「え、俺が?」
「あたしはオムライス作るのに忙しいから。こういう時のためのバイトでしょ?」
「いやでも、俺英語わかんねぇし……」
「大丈夫! あの人は涼ちゃんの下手くそな英語でもちゃんと聞き取ってくれるから! ノー、プログラム!」
お前にだけは言われたくない。そもそもプログラムじゃなくてプロブレムだろ。
「……まぁでも、相手があの人だったらいいか」
俺はちらりと女性の方を見やった。ハリウッド系の美人と話せる機会なんて滅多にない。俺は喜美の提案に乗ることにした。鏡を見て髪を軽く直してから、女性のいるテーブルに近づいて行って声をかける。
「えーと、エクスキューズミー……」
窓の外を見やっていた女性が顔を向ける。俺はなるたけ流暢な英語を話そうとしたが、実際に出てきたのはびっくりするくらいブロークンな単語の塊だった。
「ハロー。マイ、ネーム、イズ、リョウタ、カサハラ。アイ、ウォント、トーク、ユー……」
言いながら俺はだんだん恥ずかしくなってきた。これなら日本語で話した方がマシじゃないかと思うが、変なプライドがそれを許さなかった。
「Huh? But you have to cook,right?」
女性が不思議そうに尋ねてきた。相変わらず半分も理解できないが、店員がいきなり話をしたいと言い出して面食らっているのだろう。
「あ、料理のことなら心配しないでください。今別の奴が作ってるんで。アナザー、クッキング。俺は暇だから、その間にあなたと話したいんです。アイム、フリー、アンド、ウォント、トーク、ユー」
俺は身振り手振りを交えて答えた。異文化コミュニケーションも一苦労だ。
「Oh,You’re kind. I feel like talking to someone,so I ’m happy」
女性が小首を傾げて微笑んだ。よくわからないが、「ハッピー」って聞こえたから喜んでくれてるんだろう。
彼女が座るように身振りで勧めてくれたので、俺は遠慮がちに女性の向かいに腰かけた。改めて見ると本当に美人で、俺の体温はたちまち上昇していく。
「えーと、ワッツ、ユア、ネイム?」
「I’m Helen.Nice to meet you,Ryota」
「あ……どうも。ナイス、トゥー、ミー、トゥー、ヘレン」
俺はヘレンの真似をして精一杯流暢に喋ろうとしたが、結局出てきたのは中学生みたいなたどたどしい英語だった。でもヘレンがにっこり笑ってくれたのでよしとする。
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