16−10

「大切にしようっと! 神棚に飾って、毎日拝んで……」


「いや使えよ。つーかお前んち神棚とかあんの?」


「ないけど、使うのもったいなくって! だって涼ちゃんの愛がいっぱい詰まってるんだよ? 汚れたりしたら嫌じゃん!」


「別にいいよ。そしたらまた買ってやるから」


「ホントに?」


「うん。タオルでもポーチでも、欲しけりゃ買ってやるよ」


「そっかー。えへへ、嬉しいなぁ。ありがとね、涼ちゃん!」


 ようやく落ち着いたらしい喜美が照れくさそうに笑う。これだけ喜んでもらえるなら俺としても選んだ甲斐がある。

 でも、感慨に浸るのはまだだ。プレゼントはこれで終わりじゃない。


「……あ、それともう一つ、渡したいものがあって」


「え、なになに、まだあるの!?」


「うん。……まぁ、今度は物じゃないんだけど」


「えー気になる! 早く見せてー!」


 期待に込めた目で喜美が俺を見上げてくる。俺はちょっと迷ったものの、ここで引くわけにはいかないと思った。緊張と共に生唾を飲み込み、そっと喜美の身体を抱きしめる。


「え、え、涼ちゃん!? 急にどうしたの!?」


 腕の中で喜美が慌てふためく。顔を見なくても赤くなっているのがわかる。そして俺はといえば、喜美に負けず劣らず赤面していたのだが、それでも羞恥心を飲み込んで言った。


「……普段の俺ならこんなこと絶対言えないけど、今日は……今日だけは、言わないといけないと思ったから言う。一回しか言わないからちゃんと聞いとけよ」


 俺の口調の中に何かを感じ取ったのか、喜美が身動ぎするのを止める。俺は心臓が爆発しそうになるのを感じながら、やっとのことで、それを口にした。


「……好きだ。他のどの女より、お前のことが好きだ、喜美」


 それだけの言葉を口にするのにどれほど勇気が必要だっただろう。心臓が破裂して失神するんじゃないかと思うくらい俺は緊張していた。

 そして喜美はといえば、俺の腕の中で硬直していた。息の音すらしなかったので、びっくりしすぎて気絶したんじゃないかと心配になる。だけど顔を覗き込んで目が合った瞬間、喜美が急に息を吹き返した。


「りょ……、りょ……、りょうちゃあん……」


 笑顔から一転、喜美の顔がぐしゃりと歪められる。あ、これは来る、と俺は身構えた。こういう時のこいつの反応なら何回も経験済みだ。


「うわああああああああああああああああああああああああああ!」


 号泣しながら俺に抱きついてきた喜美の反応は予想を裏切らないものだった。こいつは感極まるといつもこうだ。人目も気にせず大泣きして、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにする。最初は戸惑ったその反応も、今この時は、愛おしかった。


「……一応言っとくけど、今日はエイプリールフールじゃねぇからな」


「わかってるよ! あーでも嬉しい! ほんっとうに嬉しい! まさか涼ちゃんからこんなプレゼントもらえるなんて思わなかったもん!」


「……まぁ、こんな時じゃないと、なかなか思ってることも言えないし……」


「うんうん! そうだよね! 気持ちが一番嬉しいもんね! ありがとう! 涼ちゃん! あたしも涼ちゃんのこと、だい、だい、だいっすきだよ!」


 そう言って俺から離れた喜美はさっきまでの笑顔に戻っていた。こんな風にストレートに気持ちを表現できるなんて子どもみたいだ。もちろん、いい意味で。


「涼ちゃん! あたし今日のこと忘れないよ! おばさんになってもおばあちゃんになっても、ずっとずっと覚えてるから!」


「……そっか。喜んでもらえてよかったよ」


「うん! ……でも嬉し泣きしたせいで顔ぐっちゃぐちゃだよ。これじゃ乙女失格!」


「お前すぐ泣くからなぁ……。そのタオルで拭いたらどうだ?」


「あ、そうだね! でももらったばっかりで汚すのもなぁ」


「いいから拭けよ。減るもんじゃないし」


「うーん……。あ、でも、あたしはこっちの方がいいかも!」


 そう言った喜美がまたしても俺に抱きついてくる。胸に顔を埋めた格好で、顔だけ俺の方を見上げて言った。


「ごめんね涼ちゃん。あたし泣き虫だから、これからもいっぱい服汚しちゃうと思うけど、許してね?」


 そんなことを言いながら胸に顔を押しつけてくるので俺はまた熱くなってきた。何だ、こんなことならタオルなんて買わなくてよかった。

 でも構わない。物も言葉も、どっちも気持ちを伝えるには大事で、だからこそ俺は両方を喜美に贈りたかった。口下手で気の利いた台詞なんか知らない俺は、言葉だけじゃ、半分も気持ちを伝えられないと思ったから。


 だけど喜美の様子を見る限り、気持ちはちゃんと伝わったらしい。エッグマフィンよりずっとふわふわで柔らかいこの感触。この温もりこそが、俺にとってのプレゼントだ。


 自分も喜びを噛みしめながら俺は喜美を抱きしめる。喜美の29歳の誕生日は、俺にとっても忘れられない一日になったのだった。




[第16話 もらって嬉しい、気持ちとエッグマフィン 了]

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ようこそたまご食堂へ 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara

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