16−9

 そうこうしているうちに後片づけを終えた。喜美は明日の仕込みがあるということでもう少し残るらしい。


「じゃっ、涼ちゃんお疲れ! また明日ね!」


 厨房から出てきた喜美が俺を見送ろうと手を振ってくる。だが俺は店を出て行こうとはせずにぐずぐずしていた。しばらくためらった後で決心して口を開く。


「……実は今日、渡したいものがあって」


「え、なになに? まさか婚約指輪?」


「違う」


「じゃあ百本の赤いバラ?」


「それも違う。……つーか何でプロポーズ関連のものばっかなんだよ?」


「だってだって、渡したいものなんて言うから期待しちゃうじゃん?」


「……さすがに気が早すぎるだろ。そもそも俺まだ大学生だし」


「おっ、『まだ』ってことは、卒業したら考えてくれるってこと?」


「……その時になったらな」


 2年後の関係がどうなっているかはわからないが、今大事なのは目の前のことだ。俺は背中に隠していた手を前に回すと、綺麗にラッピングされたミニタオルを喜美に差し出した。リボンの付いたプレゼントを見るなり喜美が目を輝かせて身を乗り出す。


「おおー! 何これ何これ! たまご食堂5周年祝い?」


「違う」


「じゃああたし達の3か月記念?」


「それも違う。……つーかお前マジで気づいてないのか?」


 自分の誕生日を忘れるなんてあるんだろうか。まぁでも、アラサーの女だったら無意識に頭から追いやっている可能性もあるかもしれない。俺は観念して言うことにした。


「……今日お前の誕生日だろ。だからその、プレゼントだよ」


 顔を直視するのが気恥ずかしく、押しやるように手を前にやる。でも喜美が受け取る気配はない。横目で見ると、喜美はプレゼントではなく、俺の顔をじっと見つめていた。


「……涼ちゃん、あたしのためにわざわざ買ってきてくれたの?」


 さっきまでみたいに茶化してくれればいいのに、喜美はものすごく真面目な顔をしていた。だから逆に俺の方が茶化したくなり、もう一回目を逸らしながら言った。


「……ま、まぁ、年に一回のことだし、一応……」


「一応?」


「い、いや、一応じゃなくてその、ちゃんと選んだよ。一緒に来てもらって」


「誰に?」


「お、女の人だけど……。でも変な関係じゃないよ。母親みたいな人だから」


「お母さんみたいな人に付いてきてもらって、わざわざプレゼント買いに行ったの?」


「う、うん。まぁ……」


 口を開けば開くほどしどろもどろになっていく。なんだか尋問されてるみたいだ。女の人と一緒に買いに行ったのが気に入らなかったのだろうか?


 が、そんな心配は不要だった。喜美は一転して破顔すると、プレゼントを抱きしめながら言ったのだ。


「わーい! 涼ちゃんが誕生日お祝いしてくれたー! やったやったやったー!」


 全身で喜びを表すように喜美が飛び跳ねるので俺は呆気に取られた。喜んでくれるといいなとは思っていたが、ここまでの反応を見せられるとはさすがに想定外だった。


「そ、そんな喜ばなくても……。別に高いもんじゃないし……」


「値段じゃないんだよ! 涼ちゃんの気持ちが嬉しいの!」


「はぁ……」


「ね、ね、開けてもいい!?」


「ど、どうぞ」


「わーい!」


 喜美がそわそわしながらプレゼントをテーブルに置き、リボンを解いて中身を取り出す。黄色いミニタオルを見た途端にさらに目を輝かせた。


「わー可愛い! あたしこういうの欲しかったんだよね! しかも黄色に白の水玉! 涼ちゃんってばあたしの好みよくわかってるね!」


 ミニタオルを両手で握りしめて喜美がまたしても飛び跳ねる。タオルなんて安いもんなのにここまで喜んでくれるとは。俺も思わず表情が緩くなった。

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