一本のケヤキの木を主人公にした物語。
童話のように、可愛らしい、目線で描かれながら、
ケヤキの木に宿る感情は、人間らしく。
取り巻く環境や、出会う人々との、
言葉を介さぬ、交流は、温かさに包まれます。
言葉を話せず、動くことの出来ない木の
過ごした日々、流れる年月が、
描かれています。
若い頃、
新しい街の、公園へ植えられたケヤキの木。
動かぬ木だからこそ、同じ場所に立ち、
見える景色と、長い年月をかけ、
動いて行く街の人々や、社会。
地域の環境など。
そこに暮らす人々の成長と、環境の変化。
訪れる困難に、
向き合う様子が、
時の流れを通して、間近なものに感じられます。
くすぐったい気持ちで、
ケヤキの木が見守った、
敬三と君枝。
やがて、ケヤキの木は、隆也と出会います。
そして、同じ公園に植えられた、若いケヤキの木ルーク。
人々とともに、
ケヤキたちも、変化してゆきます。
年月や家族、地域。
やがて迎える老い。
優しい視線でそっと、ケヤキの木のように、
寄り添ってくれる物語です。
ある公園に大きな木があって、そこを訪れる人達を静かに見守っている…。
でもそれは決して穏やかで平和で長閑なだけの物語ではありません。そこに住む人達の挫折もあれば失恋もあります。世の中が繁栄している時代もあれば厳しい時代もあります。そしてある日大きな地震に見舞われ、木自身もその身に取り返しのつかない傷を負ってしまうのです。
この木は人々を見守っていますが、それは決して一方通行なものではありません。人々は初めは目的があるかもしれません。木陰を日よけとしたり、木陰のベンチを逢瀬の場所にしたり、はたまたその幹を剣道の練習相手にしたり。ですが次第にその木を愛し、大切にしたいと思うようになります。故郷に戻り木に心情を告白する若者、ゴミを取り除く夫婦、年月をかけ木の歌を作る男女、心を込めて木の絵を描く女の子…。
この物語には、日本人の自然や風土との繋がり方が表れていると思います。そして常に起こる出来事に気持ちを揺り動かされ、どんどん先を読みたくなる物語です。