4ー7

 その後、俺達は人混みを縫うようにして天津飯を売っている店を探した。が、今まではあっさり目的の品が見つかったのに、今回に限ってなかなか店は見つからなかった。もはや嫌がらせとしか思えない。


「あっれー、おかしいなぁ。もしかして売ってないのかぁ……」喜美が不思議そうに首を傾げた。


「お前ちゃんと調べたんだろうな? ここまで来て収穫なし、じゃ話にならねぇぞ」


「ちゃんと調べたよ! 写真にも天津飯載ってたし!」


「本当に? 何かと見間違えたんじゃねぇのか?」


「違うよ! ほら、涼ちゃんも見てみなよ!」


 喜美はそう言って鞄から例のチラシを取り出して見せた。俺はそれを受け取って広げる。


「そこの一番右端の写真! ほら、ちゃんと天津飯が載ってるでしょ!」


 俺は喜美に言われた方を見た。確かに餡のかかった卵の写真が載っている。だが、その下に記載されたメニューの名前は――。


芙蓉蟹フーヨーハイ?」


「え?」喜美がきょとんとした顔になった。


「ほら、よく見てみろよ。下に芙蓉蟹って書いてあるぞ」


 俺は喜美にチラシを見せた。喜美が身を乗り出してまじまじと写真を見つめる。


「……もしかしてこれ、天津飯じゃないの?」


「みたいだな。よく似た別の料理なんじゃねぇの?」


「なぁんだ……。ここなら天下一品の天津飯が食べれると思ったのに……」


 喜美が落胆した顔で言うと、がっくりと肩を落とした。よし、こいつが戦意喪失してる間に出口まで連れて行ってしまおう。俺は喜美の手を取って歩き出そうとした。


「あれ? 涼太?」


 そこへ知った声が聞こえ、俺は足を止めた。振り返ると、大学の友人である井川昌平いがわしょうへいが肉まんを食いながら立っていた。


「昌平? お前こんなとこで何してんだ?」


「何って、友達と遊びに来たんだよ。今トイレ行ってるから待ってるとこで。涼太こそここで何してんだ? テストヤバいんじゃなかったのか?」


「うん。ヤバいんだ。だから早く帰って勉強したいんだけど……」


「なら何でこんなとこで遊んでんだよ。連れもいねぇなら帰りゃいい……って、あっ!」


 急に昌平が大声を上げた。その視線は俺の右側に注がれている。嫌な予感がして振り返ると、視線の先には喜美がいた。――俺と手を繋いだ格好のまま。


 あ、これはまずい。俺は弁解しようと口を開いたが、それより早く昌平が言った。


「涼太……お前! 散々テストヤバいって言っときながら彼女とデートかよ! いいご身分だなおい!」


「いや、違うって! こいつ彼女とかじゃないから!」


「じゃあ何なんだよ! 彼女以外の誰と仲良く手ぇ繋ぐってんだ!」


 よく行く食堂の店主、と言ったところでまず信用されるはずもない。


「あ、もしかして涼ちゃんのお友達?」喜美が前に歩み出た。「初めまして! あたし、白井喜美しらいきみって言います! いつも涼ちゃんがお世話になってます!」


「……その言い方だとますます彼女みたいに聞こえるから止めろ」俺はぼそりと言った。


「え、何で? 普通の挨拶じゃん」


「お前が日頃から俺の世話焼いてるみたいだろ。つーかいい加減手ぇ離せよ」


「あぁそうだね。この辺りは人混みもちょっとマシだし」


 喜美がそう言って手を離した。ようやく解放され、俺は安堵して息を漏らす。


「くっそー……羨ましいぞ涼太。俺の知らない間にこんな可愛い彼女作りやがって……。ずるいぞ!」昌平が心底悔しそうに言った。


「いや、だから誤解だって……」


「ふん! 今に見てろ! 絶対その子より可愛い彼女見つけてやるからな!」


 昌平は捨て台詞を吐くと、大きく足を踏み鳴らして向こうへ行ってしまった。俺は頭が痛くなって額に手をやった。


「涼ちゃんの友達、面白いね。今度うちの店に連れてきてよ」喜美が笑いながら言った。


「……絶対に嫌だ」俺は憤然として言った。「これ以上変な誤解されてたまるか」


「誤解って?」


「あぁもううるさい! 用は済んだんだからとっとと帰るぞ!」


 俺は苛立って言うと、大股で入口の方へ歩いて行こうとした。が、喜美にシャツの裾を引っ張られて立ち止まった。


「何だよ。天津飯がないならここにいる意味ないだろ」


「ううん。違うの。やっぱり天津飯はあるよ」


「はぁ? 何言ってんだお前。さっきの写真は芙蓉蟹フーヨーハイとかいう料理だっただろ」


「だからそれが天津飯なんだよ! とにかく食べに行こう!」


 喜美は熱心に言うと、再び俺の手を取って店の方へ引っ張って行った。意外に力が強かったので振り払うこともできず、俺はそのまま喜美に引き摺られて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る