4ー6
その後、俺は喜美に連れられるままいくつか店を回った。喜美は予告通り肉まんの店を探し当て、中国人の店員に気に入られて代金を一割引にしてもらっていた。俺の方は普通に定価で払わされた。不公平だ。
その後も喜美の勢いは止まらず、餃子、春巻きと目的の品を見つけては次々と平らげていった。大食い選手のような喜美の様子を眺めながら、この小さな身体のどこにそんな巨大な胃袋があるんだろう、と俺は訝った。
「お前さ、いつもそんな量食うわけ?」
テント下に設置されたテーブルで、春巻きを口に運びながら俺は尋ねた。
「んー? ほれふらいふふーはよ」
喜美がラーメンを啜りながら答えた。食うか喋るかどっちかにしろよ。
「毎回そんだけ食っててよく太らないよな。俺見てるだけで腹いっぱいだわ」
「まぁ、ははひははいしゃがいいはらねぇ。はへてもふふにへへいっひゃうんだ」
もはや何を言ってるかわからない。俺は黙って喜美が食い終わるのを待つことにした。
「……にしても、また人増えてきたな」
俺はげんなりして呟いた。時刻は11時50分。昼飯時ということもあってか、会場にはますます多くの客が詰め掛け、見渡す限り黒山の人だかりができている。
「これじゃ歩くだけでも一苦労だな。なぁ、もう十分食ったし、そろそろ帰……」
「何言ってんの? 本番はここからでしょ!」
ようやくラーメンを食い終わった喜美が、机に手を突いて勢いよく立ち上がった。
「今までは準備運動みたいなものだからね。お腹があったまってきたところで、今日の主役、天津飯を食べに行くよ!」
「え、ラーメン食った後にまだ炭水化物食うのか?」俺は目を丸くした。
「あったりまえでしょ! 天津飯は別腹なんだからね!」
そんな別腹聞いたことない。っていうか、こいつの胃袋マジでどうなってるんだ。
「はぁ……。この人混みの中を歩くのか」俺はうんざりしてため息をついた。「こんだけ人多かったらはぐれても気づかねぇな」
「あー、それは困るね。……よし!」
喜美は何やら意気込むと、急に俺の手を握ってきた。あまりに唐突だったので、俺は咄嗟にどう反応してよいかわからず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で視線を落とした。
「……何してんの?」俺は訝しげに尋ねた。
「手繋いでるの」喜美があっさりと言った。
「いや、そりゃ見りゃわかるけど……何で手ぇ繋いでんだ?」
「だって涼ちゃん、今言ったじゃん。『人多過ぎてはぐれても気づかない』って。こうしてればはぐれる心配ないでしょ?」
「いや、そうだけど……。って違うだろ! 何で俺がお前と手ぇ繋がなきゃいけねぇんだよ!」
「え、じゃあ腕でも組む?」
「もっと悪い! 何でこんなカップルみたいなことしなきゃいけねぇんだよ!」
「えー、だってはぐれたら困るじゃん」
「だからって手ぇ繋ぐ必要ないだろ! 鞄の紐でも持ってろ!」
「それだと人にぶつかったら離しちゃうかもしれないじゃん。こっちの方が確実だって!」
「いやいやいや……」
俺は必死にかぶりを振った。まずい。これはさすがにまずい。休日に一緒にいるだけでも誤解されそうなのに、万が一こんなところを人に見られたら言い訳のしようがない。
「……お前さ、男にこういうことして何とも思わないわけ?」
「こういうことって?」
「だから……その、こういう思わせぶりなこと。相手によっては勘違いされるぞ?」
「大丈夫だよ。涼ちゃんだからやってるだけだもん」
俺は何とか喜美の手を振り払おうと必死に腕を動かしていたが、そこではたと動きを止めた。今の、どういう意味だ? まさかこいつ、俺のこと――。
(……いや、あり得ないって。どうせいつもの冗談だろ)
そんなことを考えてしまった自分が恥ずかしく、俺は憮然として喜美から目を逸らした。その間も手は繋がれたままだ。
俺はもう片方の手をポケットに突っ込み、しばし逡巡していたが、そこでふと妙案が浮かんだ。そうか、こいつを女だと思うからいけないんだ。女じゃなくて子どもだと思えばいい。そうすれば母親が幼児の手を引いているみたいなもんだと思える。身長も低いしちょうどいいだろう。
俺はそう自分を納得させると、喜美の方を振り返り、いかにも気が進まなさそうに言った。
「天津飯食うまでは付き合ってやるけど、それ終わったら本当に帰るからな。わかったらさっさと店探せよ」
「オッケー! 一番美味しいお店選ぶからね!」
喜美が満面の笑顔で言った。握られた手に力がこもる。こいつの手、小さい割にあったけぇな……と俺は思ったが、すぐにぶんぶん首を振ってその言葉を打ち消した。
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