4ー5
そして迎えた日曜日当日。待ち合わせ場所であるフードフェス会場に着いた俺は、疲れた顔で辺りを見回していた。会場は芝生のある広い公園で、三角屋根のテントがいくつも並び、店の前では店員が熱心な声で呼び込みをしている。天気がいいせいか客の入りはよく、まだ開始直後だというのにすでに公園内は人で溢れ返っていた。
「すげぇな………。フードフェスってこんなに人集まんのかよ」
公園を埋め尽くす人混みを見ながら俺は息をついた。フードフェスという名前自体は聞いたことがあるが、来るのは今回が初めてだ。食べ物に大して関心があるわけでもないし、そもそも人の多いところは嫌いだ。なのに、何で貴重な休日を使ってこんなところに来なければいけないんだ、と俺は早くも喜美が恨めしくなった。
「っていうかあいつ遅ぇな。約束10時だっつってたのに」
腕時計を見ると時刻は10時5分。LINEを見ても喜美からの通知はない。
「……あと5分して来なかったら帰るからな。ただでさえも勉強進んでなくてヤバいんだから……」
「あ、涼ちゃんお待たせ!」
決意した瞬間に聞き覚えのある声が飛び込んできて、俺は咄嗟に舌打ちしたくなった。せっかく理由つけて帰ろうとしたのに間に合ってんじゃねぇよ。
「遅ぇよ! 自分から誘っといて遅刻してんじゃね……」
俺は振り返りながら叫んだが、そこで言葉を呑み込んだ。目の前に立っているのが一瞬、喜美だとわからなかったからだ。
今日の喜美は髪を2つ結びにしておらず、ソバージュの髪は下ろされて胸の辺りまでかかっている。服装は黄色地に白い花柄のワンピースで、その上に薄手の半袖のデニムシャツを羽織っている。足元には黒いレギンスを履き、靴は白いサンダルだ。手首にストラップの白い腕時計を嵌め、肩からは小さめの籠バッグを下げている。食堂では高校生にも見える喜美が、今日は少なくとも大学生くらいには見える。
「ごめん! 遅くなっちゃった!」喜美が顔の前で両手を合わせた。「お出掛けなんて久しぶりだから、何着てこうか迷っちゃって」
「……服なんて別に何でもいいだろ」俺は喜美から目を逸らしながら言った。「仕事の延長みたいなもんだし、いつものTシャツでもよかったのに……」
「もー、そうはいかないよ! あたしだって女の子なんだからね! せっかくお出掛けするんだから、ちょっとは可愛いカッコしたいじゃん」
「はぁ……。まぁ俺には関係ないけど」
「またまた強がっちゃって。涼ちゃんってばさっきから全然あたしの方見てくれないし。私服のあたしがあんまり可愛いから直視できなかったりして?」
「はぁ!? そんなわけあるか!」
「だったらほら、ちゃんと見てよ。せっかく頑張って選んだんだからね?」
喜美に促され、俺は渋々視線を戻した。明るい黄色のワンピースは喜美によく似合っている。下ろしたソバージュの髪型も普段よりも数段大人っぽい。いつもと違うその装いは、確かにちょっと可愛いと思えなくも……っていやいや、俺は何を考えてるんだ。
「……とりあえず行くぞ」俺は憮然として言った。「今でもこんなに人多いんだ。昼近くになったらもっと混んでくる。天津飯だけ食ってさっさと帰ろう」
「えー、せっかく来たんだからゆっくり回ろうよ!」喜美が抗議するように言った。「あたし肉まん食べたいんだ! あと餃子も。春巻きとかもいいよねぇ……」
「そんなに食ったら太るぞ。明日になって後悔しても知らないからな」
「もー、そういうこと言わない! 涼ちゃんは相変わらず女心がわかってないなぁ」
喜美が怒った顔で両手を振り下ろしたが、俺はぷいと顔を背けた。
前言撤回。服装や髪型が変わっても、喜美はやっぱり喜美のままだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます