5ー4

 15分ほどで俺達の食事は終了した。俺はすぐにでもお勘定をして帰りたかったのだが、昌平はもう少し粘ろうと言い張った。厨房で洗い物をしている喜美の方にちらちらと視線をやっては、目が合うたびに顔を赤らめてうつむく。女子か。


 その時、入口の引き戸がガラガラと音を立てて開かれた。俺は何の気なしにその方に視線をやったが、途端に顔が引き攣った。入口に立っている人間が、およそ近寄りがたい外見をしていたからだ。


 若い男だった。金髪を角刈りにして、派手なプリントの入った赤い襟付きシャツの胸元から、金色のネックレスが覗いている。半ズボンを穿き、サンダルを突っかけた足をガニ股に広げ、色の薄いサングラスの奥からガンを飛ばす姿は、どこからどう見てもチ〇ピラにしか見えない。


「おい、昌平、出よう」俺は素早く正面に向き直った。


「え、何で? せっかく来たんだからもうちょっとゆっくりしようぜ」


「……ヤバそうな奴が店に入ってきたんだよ。絡まれたら面倒なことになる」


「ヤバそうな奴?」


 昌平はちらりと入口の方を見たが、そこでようやく俺の言わんとすることを察したらしい。青ざめた顔で頷くと、急いで伝票を持って立ち上がろうとした。


「あ、でもちょっと待てよ」昌平がはたと立ち止まった。「よく考えたらさ。俺達が帰っちまったらあいつと喜美さんが二人だけになるわけだろ? それってまずくね?」


「まずいって、何が?」


「あいつが喜美さんに絡んで、無理やり店の外に連れ出そうとするかもしれないだろ! こんな人通りの少ない場所じゃ助け呼んだって聞こえないだろうし、俺が喜美さんを守らないと!」


「いや考えすぎだろ。単に飯食いに来ただけかもしれねぇし」


「それを確かめるためにもあいつを見張らないと! 俺が喜美さんのピンチを華麗に助けたら、喜美さんのポイントも上がるかもしれないし!」


「お前なぁ……」


 俺は心底呆れた顔でため息をついた。するとチンピラ男がこちらに向き直り、俺達の方に大股で近づいてきた。今の会話が聞こえたのだろうかと思い、俺達はひっと縮み上がる。


 チンピラ男は俺達の前に立ち、サングラスの奥から俺達を睨みつけた。背が高いため、間近で見下ろされるとますます迫力がある。


「あ、すみません! 俺達ジャマですよね! すぐ出ますから!」


 言うが早いが昌平は店の外へと逃げていく。さっきの意気込みはどこ行ったんだよ。


「あの、店の人はいないんすか?」チンピラ男が尋ねてきた。


「店の人? いや、厨房にいるはずだけど……」


 俺は面食らいながら答えた。てっきり難癖をつけられると思っていたのに、普通に話しかけられたことに驚いたのだ。そこでようやく厨房から足音がして、タオルで手を拭きながら喜美が現れた。


「あ、いらっしゃいませ! 気づかなくてすみません! 何名様ですか……ってあれ、岡君?」


 喜美が目を瞬いてチンピラ男を見つめた。その瞬間、チンピラ男の顔がぱっと明るくなり、サングラスを外して人懐っこそうな笑みを浮かべた。


「喜美さん! よかった! 今日は会えないのかと思ったっす! やっぱ一人だと忙しいんすか?」チンピラ男が急き込んで尋ねた。


「うーん、昼間はそうでもないんだけど、夜はちょっと大変だね。最近は常連さんも増えてきてるから手が回らないことも多くて」


「そうなんすか……。じゃ、今度こそあの話、真剣に考えてくれますよね?」


「あー、それはダメ。岡君にはあたしよりもっといい人がいるよ」


「そんなことはないっす! 俺は喜美さんに会った時から運命感じてたんすから!」


 チンピラ男は何やら熱心に説いているが喜美は困り顔だ。俺は状況が呑み込めずに2人の間で視線を左右させた。さっきからいったい何の話をしてるんだろう。


「何、この人お前の知り合いなの?」俺は喜美に尋ねた。


「あ、涼ちゃん。うん。この人は岡君って言って、板前志望の人なんだ!」


「板前?」


「そうっす! 俺は日本一の板前になるために、喜美さんに弟子入りしたいと思ってるんす!」岡君と呼ばれたチンピラ男が勢いよく頷いた。 


「まずはバイトで雇ってほしいって前から言ってるんすけど、俺がどんだけ口説いても喜美さん全然振り向いてくれなくて」


「そりゃそうだよ。うちは和食専門じゃないし、こんな小さな店で修業したって技術が身につかないよ。もっと有名な板前さんのいる店に行った方がいいって」


「いーや、俺は喜美さんの料理を食べた瞬間から、俺の師匠はこの人しかいないって決めてたんす! 他の店に弟子入りするなんてあり得ないっす!」


 そこまで聞いて俺はようやく合点がいった。さっきの会話は弟子入りを認めるか否かでで揉めていたのだ。紛らわしい会話をされたことに俺は苛立ちながらも、同時になぜか少しだけ安堵していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る