17−2

 俺が喜美からその提案をされたのは、今から一週間前のことだ。たまご食堂の休みの日にデートをし、次はどこに行こうかという話になった時、喜美がこんなことを言ったのだ。


『ねぇ涼ちゃん、あたし、海に行きたい!』


 映画館、水族館、喫茶店。そんな涼しいデートスポットを考えていた俺はその言葉を聞いて咄嗟に言葉を返せなかった。困惑する俺をよそに、喜美ははしゃいだ様子で言った。


『あたし実は、海って行ったことないんだよね! だから一回行ってみたくって!』


 言われてみれば俺も長らく海には行っていない。小学生の頃に家族で海水浴に行ったことはあるが、海パン姿ではしゃぐのがダサく思えてほとんど海には入らなかった。姉ちゃんから泳ぎの競争をしようと言われて断り、「あんたってホントノリが悪いわねぇ」と呆れられたことを覚えている。


『ね、涼ちゃん、行こうよ海! 二人で夏を楽しもうよ!』


 そう誘われても正直乗り気にはなれなかった。小学生かそこらでも恥ずかしかったのに、大学生にもなって今海パン姿でビーチを走り回るなんて絶対にごめんだ。でも、期待に目を輝かせて俺を見つめている喜美を見ていると断る気にもなれず、迷った末に俺はこう言った。


『……行くのはいいけど、泳いで競争とかはしたくない。ちょっと水に浸るだけだ』


『え、じゃあ水のかけ合いっこは?』


『しない』


『砂浜でお城作るのは?』


『しない』


『ビーチで追いかけっこは!?』


『しない』


『えー! それじゃ何しに行くかわかんないじゃん! あたしずっと憧れてたんだよ! ほら、女の子が「私を捕まえてごらんなさ〜い」って言って砂浜を走って、男の子が「待て待て〜」って言いながら追いかけるアレ!』


『……しない。つーかお前それいつの時代の少女漫画だよ』


『あれーおっかしいなぁ。あたし、あれはどのカップルもするもんだと思ってたんだけど……』


 喜美が難しい顔をしながら首を捻る。どうやら本気で信じていたらしい。海パン姿でキャッキャウフフさせられる事態を回避して俺は内心安堵した。


『まぁ追いかけっこはなしにしても、せめてもうちょっと遊ぼうよ! 浮き輪とかビーチボールとか持って行ってさ!』


『浮き輪はガキっぽいから止めとく。ビーチボールも二人でやってもなぁ……』


『じゃあじゃあ、ビーチパラソルの下でこんがり日焼け! いかにも夏って感じでいいじゃん!』


『わざわざ炎天下に身体晒すのもなぁ……。そもそも俺暑いの嫌いだし』


『うう……そんなぁ。あたしの海が……。夏の思い出がぁ……』


 明らかにしょんぼりして肩を落とした喜美を見て俺はさすがに申し訳なくなった。もうちょっと譲歩した方がいいだろうか。でもやっぱり恥ずかしいし、暑いの嫌いだし……そんな風にうだうだと迷っていると、いきなり喜美ががばりと顔を上げた。


『あっ、そうだ! 海といえば他にもお楽しみがあるじゃん!』


『お楽しみ?』


『そう! 海の定番と言えば美味しいシーフード! つまり海の家だよ!』


『ああ……そういや俺も昔、焼きとうもろこしとか食ったっけ』


『そうそう! 他にも焼きそば! イカ焼き! かき氷! 海の家には美味しい料理がたくさん! よーし、こうなったら全メニュー制覇するぞお!』


 早くもその気になったらしい喜美がガッツポーズをしながら意気込んでいる。急に元気になった喜美を見て俺は呆気に取られていたのだが、まぁ飯なら俺も食いたいし、何より喜美が喜んでくれるならいいと思い直した。

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