16−5

 ドクマナルドの店内も混んでいたが、それでも店の奥に席を確保できた。俺は自分の飯代は払うと言ったのだが、小林さんは自分が払うと言って聞かなかった。俺と夏希ちゃんが席で待ち、やがて小林さんが三人分の食事を載せたトレーを持って戻ってくる。


「ファーストフードなんて久しぶりだから何にしようか迷っちゃった。今はいろんなメニューがあるのねぇ」


「そうですね。小林さんは何にしたんですか?」


「ハンバーガーは重いからスムージーだけにしたわ。これなら美容にもいいでしょうし」


「小林さんらしいですね。俺の頼んだやつありました?」


「ダブルドクマバーガーでしょ? ちゃんとあったわよ。こんなボリュームあるもの食べられるなんてやっぱり若いわねぇ」


「まぁ昼あんま食べてなかったんで。でもおごってもらったのにすいません。もっと安いやつにすればよかったですね」


「あら、いいのよ。気にしないで」


 そんな会話をしながら小林さんが各自の注文したものを配っていく。グリーンスムージー、ダブルドクマバーガー、コーラ、ポテト。見慣れた料理がテーブルに並ぶ中、夏希ちゃんの前に置かれたものを見て俺は言った。


「あれ、夏希ちゃん、それ何?」


 そこにあったのは、ベーコンとチーズ、それに白くてふわふわしたものを挟んだパンだった。パンも他のバーガーとは生地が違うようで、厚みがあって白っぽい色をしている。


「これ、えっぐまふぃんっていうの! ハンバーガーよりおいしそうだからこっちにしたの!」夏希ちゃんが嬉しそうに言った。


「エッグマフィン……。そんなの売ってるんですね」


「私も初めて知ったわ。マフィンなんて普段はあんまり食べる機会ないものね」


「あ、でも、うちの店にはありますよ、マフィン。料理はエッグベネディクトですけど」


「あらあら、『うちの店』だなんて、もう気分はご亭主なのかしら?」


「……いや、別に深い意味は……」


「ふふ。そういうことにしておきましょうか。じゃ、いただきます」


「いただきまーす!」


 小林さんが手を合わせ、夏希ちゃんも元気よく返事をして口いっぱいにエッグマフィンを頬張る。俺もワンテンポ遅れてダブルドクマバーガーに食らいついた。たっぷり入った二段重ねの具材がすきっ腹を満たしていく。


「わー、えっぐまふぃんふわふわー! おいしいー!」


 夏樹ちゃんはエッグマフィンが気に入ったのか、身体を大きく揺らしながらはしゃいだ声を上げている。口をもぐもぐさせた顔は見るからに幸せそうだ。そんな娘さんの様子を見ながら小林さんも幸せそうに目を細めている。


「おいしー! ね、ママもたべる?」


「あら、いいの?」


「うん、はんぶんこしよー!」


「そう。じゃあもらうわね。でも半分は多いから一口でいいわ」


「そーお? じゃありょうたくん、どーぞ!」


「え、俺?」


「うん! なつき、りょうたくんとはんぶんこするー!」


「……いいんですか? 小林さん」


「ええ、もらってあげて。この子みんなで分けるのが好きなのよ」


 そういうことなら、と夏希ちゃんから半分に千切ったエッグマフィンを受け取る。口に入れてみると白いふわふわしたものは目玉焼きだったようで、噛んだ瞬間にとろりとした黄身の食感が口の中に広がった。普通の目玉焼きとは違って厚みがあってふわふわで、少し噛んだだけで舌先で柔らかく溶けていく。マフィンも目玉焼きに負けず劣らずふわふわで、とにかく口の中がずっとふわふわしていた。


「りょうたくん、どーお? おいしい?」


「うん、初めて食ったけど美味いよ。目玉焼きもマフィンもふわふわで」


「ふわふわー! ふわふわー!」


「ふふ、夏希ったらすっかり気に入ったみたいね」小林さんが微笑む。


「うん! ねぇママ、これおうちでつくって!」


「家で?」


「うん! なつきこれ、まいにちたべたい!」


「あら、そんなに気に入ったの? でも毎日はちょっとねぇ……」


「じゃあたまにでいいから! ねぇママ、つくってー!」


「そうねぇ。作り方がわかればいいんだけど……あ、そうだ」小林さんがふと思いついた様子で俺の方を見る。「ねえ、笠原君の彼女に教えてもらえないかしら?」


「喜美に?」


「ええ。あの子の食堂、確か卵料理専門だったでしょう? それならエッグマフィンも作ったことあるんじゃないかなって思ったの」


「うーん、エッグマフィンはメニューにないんですよね……。まぁでも、あいつもプロですし、頼めばすぐ調べて教えてくれると思いますよ」


「あら、本当? じゃあ笠原君からお願いしてもらえる?」


「わかりました」


 そう請け合ったものの、すぐにこの人と喜美を引き合わせるのはまずいんじゃないかと思った。小林さんはここぞとばかりに喜美といる時の俺の様子を聞いてくるだろうし、喜美は喜美でここぞとばかりに喋りまくるに決まってる。二人の間で変な俺のイメージが出来上がるのなんて絶対にごめんで、だから先手を打っておくことにする。


「……あの、小林さん、料理教えるのはいいですけど、それ、俺がいる時にしてもらえませんか」


「あら、どうして?」


「その……ほら、喜美と小林さんって一回会っただけですよね? だから二人でいても気まずいんじゃないかと思って……」


「そんなことないと思うわよ。あの子、誰とでもすぐ仲良くなれるタイプじゃない」


「それはそうなんですけど……」


「もしかして笠原君、私が彼女に変なこと言うんじゃないかって心配してるの?」


「それは……」


「大丈夫よ。私は本当のことしか言わないから。笠原君があの子のために時間をかけてプレゼントを選んだこととかね」


「いや、そういう情報はいらないです」


「あら、どうして? 彼女きっと喜ぶわよ」


「いいですって」


 さっそく地雷が見つかって小さくため息をつく。喜美と小林さんはどっちもお喋りなだけに何を言い出すかわからず、当日はかなり疲れそうだなと早くも気が重くなった。

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