16−6

 その後、他愛もない話をしながら俺達は食事を続けた。会話の主導権を握っているのは夏希ちゃんで、友達のことや幼稚園であったことなんかを嬉しそうに喋っていた。小林さんはにこにこしながらその話を聞いていた。その様子は実に仲良さそうで、このまましばらく親子の歓談が続くんだろうなと思っていた。


 だからその後、話題が俺の方に飛んでくることなんて全く予想していなかった。


「ねえねえ、りょうたくんってどんなたいぷがすきなの?」


 夏希ちゃんがいきなりそんなことを聞いてくるので俺はコーラを吹き出しそうになった。むせ込みながら夏希ちゃんの方を見る。夏希ちゃんは好奇心いっぱいって感じのきらきらした目で俺を見つめていた。


「なつき、りょうたくんのすきなこしりたい! ねぇねぇ、どんなこがたいぷなの!?」


「ど、どんなって言われても……」


「いろいろあるでしょー。かわいいけいとかきれいけいとか。あとせくしーけいとか!」


「……小林さん、家で夏希ちゃんに何を教えてるんですか」


「あらー、おませな子ねぇ。誰に似たのかしら」


 困ったように言いながらも小林さんは笑っている。この母にしてこの子ありってやつか。


「でも私も知りたいわぁ。笠原君のタ・イ・プ。どんな子が好きなの?」


「……これと言ってないです」


「そんなことないでしょ? 今まで付き合った子はどんな子だったの?」


「……前の彼女は俺と似たタイプでしたけど。淡白でテンション低めで」


「あら、本当? じゃあ今の彼女とは真逆なのね」


「そうですね。あいつみたいな明るいタイプってどっちかって言うと苦手だったんで」


「そう。でも今はその苦手だったタイプと付き合ってるってわけ。どういう心境の変化があったのかしら?」


「それは……まぁ、いろいろあって」


「気になるわぁ。ねぇ、詳しく聞かせて?」


「嫌です」


「そんなこと言わないで。今日のお礼だと思って、ね?」


 今日のことを持ち出されると実に断りづらい。夏希ちゃんが期待に満ちた目でガン見してくるからなおさらだ。


 俺はこれ見よがしにため息をつくと、覚悟を決めて話し始めた。


「……最初は本気でウザかったんですよ。初対面なのにちゃん付けしてくるし、人のことにズカズカ踏み込んでくるしで。店行くたびにもう二度と行かねぇって思ってました」


「でも結局通っちゃったってわけ。やっぱり胃袋を摑まれたの?」


「それもありますけど……本当はどっかで、あいつに会うのを楽しみにしてたんだと思います。あいつと話すのも、ウザいって思いながらも実際は楽しんでたっつーか……」


「そう。それで?」


「それで……その、しばらくはそのままだったんです。あいつの店でバイト始めて、あいつと一緒にいる時間が増えて、それで十分だって思ってました。

 でも……その後しばらくして、あいつが店畳むかもって話になった時に急に不安になったんです。あいつと会うのが当たり前みたいになってたのに、いきなりあいつがいなくなるって思ったら、どうしていいかわかんなくなったつーか……」


「そういえばあの時は大変だったみたいね。何とかしてあの子にお店を続けてもらおうとして、私にも連絡くれたのよね」


「はい。俺、あんなに必死になったことって人生で一回もなかったです。今まではバイト先が潰れようが潰れまいがどうでもいいって感じだったのに、たまご食堂がなくなるのだけは嫌だった。たぶんその時に、自分の本当の気持ちに気づいたんです」


 喜美に会いたい。ずっと一緒にいたい。もしかしたらそれは、もっと前から俺の中にあった気持ちなのかもしれない。でも、俺はその気持ちに気づけなくて、本心を伝えるまでに一年もかかってしまった。その間もあいつはずっと、俺に直球で気持ちを伝え続けてくれていたというのに。


「そう……。でもよかったわね。彼女がお店を続けてくれて」


「はい。最近はちょっとずつ売り上げも増えてて、あいつも安心してるみたいです」


「そう……本当によかったわね。これで笠原君も安心ね?」


「……まぁ、そうですね」


「にしても羨ましいわー。彼女のためにそんなに頑張ってくれるなんて。それだけ彼女のことが好きなのね」


「それは……」


「隠さなくていいのよ。ちゃんとわかってるから」


 訳知り顔で小林さんが頷く。百戦錬磨の恋愛経験を持つこの人のことだ。大して経験もない男子大学生の気持ちなんて全部お見通しなんだろう。喜美がこの人みたいに経験豊富な奴じゃなくて本当によかった。

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