10−11
「そうですね……。この店の料理はめちゃくちゃ美味いですし、その割に値段も安くて助かってることは事実です。
でも、料理が美味くて安い店は他にもあるし、それだけだったら俺は10か月もここに通ってないと思います」
ぼそぼそと話し始めた俺の言葉を珠子さんは黙って聞いていた。俺は空になった丼を見つめて続けた。
「俺……正直人と関わるのはあんまり好きじゃないんです。人付き合いなんて面倒なだけだと思ってますし、必要以上に人間関係広げるつもりもない。でも、き……白井さんは初対面からやたら俺に絡んできて、正直うっとうしいって思いました。だから2回目以降も来るつもりはなかったんです。
でも、気づいたら毎月通ってて、今じゃバイトまでしてる。何でか自分でも不思議だったんですけど、最近になって、白井さんとの会話を楽しんでたからだってわかったんです」
疎ましいだけだと思っていた喜美とのやり取り。でも、回数を重ねるうちにそれはもはや生活の一部と化し、ないと物足りないと感じるようになっていた。だからこそ、恋愛に発展することがないとわかった今でも関係を切れずにいる。
「ここに通ってるお客さんも同じ気持ちなんじゃないかと思います。最初は面食らうけど、気づいたら白井さんとの会話に引き込まれて、いつの間にかここに来るのが楽しみになってる。そういう人は意外と多いんじゃないかと思います」
例えば常連の本田さんや弟子入り志望の岡君。あの人達は明らかに喜美の人柄を気に入って店に通い詰めている様子だった。俺もいつの間にか、あの人達と同じような考えになっていたということだろうか。
「それに、白井さんはただ面白いだけじゃなくて、料理に対してはすごく真剣なんです。お客さんを喜ばせることを一番に考えて、そのために何時間でも努力できる。もしお客さんに悩んでることがあれば、料理でそれを解決しようとする。そうやって作った料理が、実際にお客さんの悩みを解決するところを俺は何回も見てきました」
山本さん夫妻の仲を取り持った卵焼き、大原親子の関係を修復させた出汁巻き、ヘレンとジョージを再会させたエッグベネディクト。そうした数々の奇跡は、お客さん1人1人の気持ちに応えようとする喜美の情熱とひたむきさがあって初めて実現したものだ。もしこれがただのチェーン店だったら、あんなマジックは絶対に起こらなかったはずだ。
「だから俺……思うんです。この食堂の一番の魅力は、白井さんの人柄そのものにあるんじゃないかって。
たまご食堂には、お客さんを喜ばせたいっていう白井さんの気持ちが詰まってます。お客さんにもそれが伝わるから、自然と何回も来たいと思える。それは他の店じゃ真似できない、たまご食堂だけの魅力だと思います」
喜美の明るい性格と、料理への真剣さ。その両方があればこそ、たまご食堂は小さくても今まで経営を続けてこられたのだろう。美味しい料理を通してお客さんに元気と幸せを与える場所。それこそがたまご食堂であり、ひいては喜美の存在そのものなのだ。
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