17−10

 その後、店を一旦閉め、男がフードファイトの準備を始めた。テーブルと椅子を横一列に並び替え、せっせと料理を作ってはその上に並べていく。

 準備の途中、男が自己紹介を求めてきたので名前だけ教えた。それから男も自己紹介をしてきた。磯田いそだマイケル。28歳。日本人とアメリカ人のハーフ。身長182センチ。体重59キロ。趣味はサーフィン。今まで付き合った彼女の数は……とどうでもいい情報まで垂れ流そうとするのを急いで制止する。


「今回のフードは、俺の店で出してるメニューを使わせてもらうよ」マイケルが言った。


「ゲームタイムは45分。メニューは一品ずつ別のものを出す。まずメインのフードをイートして、最後はスペシャル・デザートでフィニッシュだ。上手く行けば店のメニューが全部イートできる。代金はボーイが勝った場合は取らない。どうだい? マネーにハッピーなゲームだとは思わないか?」


 俺は何とも返事をしなかった。さっき見たメニューを思い出す。カレー、焼きそば、たこ焼き……。あれを全部食うのかと思うかと始まる前からうんざりしたが、今さら弱音を吐くわけにもいかない。


「本当なら出来たてのフードをイートしてもらえるとよかったんだが、さすがにハンドが足りないからね、悪く思わないでくれよ、ボーイ」


「別にいい。今回は勝負するために食べるんだからな」


「ふっ、ナイスなガッツだ、ボーイ。ではそろそろスタンバイしようか」


 料理の並べられたテーブルとは別に、俺とマイケルには並びの席が用意されている。テーブルには最初の料理らしい焼きとうもろこしが乗っていた。こんがり焦げ目が付いて見るからに美味そうだ。


「一品イートしたら次のフードとチェンジする。チェンジはガールにお願いしてもいいかい?」


「あ、は、はい……」


 言われるまま喜美が料理の並べられたテーブルの方に歩いていく。すれ違い様、喜美は俺の方をちらりと見たが、結局何も言わずに持ち場で待機した。イベントが始まるのを嗅ぎつけたのか、店の周りにはギャラリーが集まってきている。


「さあ、準備はいいかい? ボーイ」


「ああ、大丈夫だ」


「オーケー! それじゃ行くよ! スリー……トゥー……ワン……、レッツ、ファイッ!」 


 言い終えると同時にマイケルが皿から焼きとうもろこしを持ち上げてかぶりつく。歯を小刻みに動かし、みるみるうちに黄色い粒が芯から外されていく。

 ものすごい早さでとうもろこしの粒がなくなっていくのを見て俺は呆気に取られたが、すぐに気にしてる場合じゃないと思って自分も焼きとうもろこしにがっついた。噛むたびにとうもろこしの粒が口の中で弾け飛び、じんわりと甘さが広がっていくもののゆっくり味わっている時間はない。ほとんど噛まずに飲み込みながら俺は必死に焼きとうもろこしを平らげようとした。


「ヘイ! ガール! 次のフードを頼むよ!」


 隣からマイケルの声が聞こえて俺はぎょっとした。マイケルは自由の女神みたいなポーズで芯だけになったとうもろこしを掲げている。芯には粒も皮も一つも残っていなくて、お手本みたいに綺麗な食べ方だった。


「え、もう!? まだ一分くらいしか経ってないのに!?」


 半分以上粒を残した焼きとうもろこしから顔を上げて俺は叫んだ。マイケルは俺の方を向き、白い歯を見せて不敵に笑った。


「ふっふっふ、このくらいはまだビキナーレベルだよボーイ。なんせ俺は、アメリカのフードファイターグランプリのチャンピオンなんだからね!」


「はぁ!? なんだよそれ! 全然フェアじゃねぇじゃん!」


「確かめないのがいけないんだよボーイ。それより早く自分のコーンをイートしたらどうだい? 粒の一つまで残さずにね!」


「……くそっ、うるせぇな、わかってるよ」


 何粒かこっそり残そうと思っていたのを見透かされたようで思わず舌打ちが出る。粒の残骸を食おうと齧り付くもなかなか一噛みでは取り切れず、おまけに皮が歯の間にひっかっかって気持ち悪い。何でとうもろこしってやつはこんなに食うのが面倒なんだ。

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