16−3
それから三日後の日曜日、俺は駅前に来ていた。例の人と待ち合わせるためだ。俺がメッセージを送ると一時間後くらいに返事が来て、喜んで行くと言ってくれた。あの人の場合、社交辞令じゃなくて本当に喜んでるんだと思う。LINEの返事には絵文字がたくさん付いていて、楽しげな様子が伝わってきたからだ。
日曜日の駅前は人が多い。同じように待ち合わせをしてる奴も大勢いるが、人混みのせいでみんな相手を見つけられずにいるらしい。俺も同じことになるかもしれないなと思ったが、そんな心配は無用だった。向こうが先に俺を見つけて声をかけてくれたからだ。
「あら、笠原君。ごめんね、待たせちゃった?」
そう声をかけながら近づいてきたのは一人の女性だった。茶色く染めた髪をボブカットにして、黄緑色のチュニックに薄手のグリーンのカーディガン、さらに白いクロップドパンツにベージュのパンプスを合わせている。すでに四十代を迎えているはずだが、ファッションも髪型も若々しくお洒落だ。
「あ、いえ、俺も今来たとこなんで大丈夫です」
「ならよかったわ。でも急に連絡もらってびっくり。まさか笠原君からデートのお誘いをしてくれるなんてね」
「いや、デートってわけじゃ……」
「冗談よ。笠原君にはちゃんと可愛い彼女がいるものね?」
「……ええ、まぁ」
「他の女の人と出かけたって言ったら彼女も心配するでしょうけど、私が相手なら大丈夫よね。だってこんなおばさんなんだもの」
「おばさんだとは思ってませんよ。小林さん若いですし」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。笠原君も女の扱いをわかってきたわね?」
ウインクをしながらそんなことを言われてもどう返事をすればよいかわからない。見た目だけじゃなくて中身まで若い頃のままのようだ。
この女性、小林さんは俺の前のバイト先のパートさんだ。当時、まだ喜美と付き合っていなかった俺は、あいつとの関係についてこの人に相談したこともあった。小林さんは恋愛経験が豊富らしく、女心の何たるかを教えてくれた。だから今回も、喜美が喜ぶプレゼントについて的確なアドバイスをもらえるのではないかと思ったのだ。
「あ、そうだ。今日は笠原君に紹介したい子がいるの」
「紹介?」
「ええ、うちの娘なんだけど。ほら、
言われて小林さんの後ろから女の子がちょこちょこと出てくる。まだ五歳くらいだろうか。ピンクのワンピースを着て、髪を二つ結びにした可愛い子だ。
「あ、えっと、こんにちは。こ、こばやしなつきです。よ、よろしくおねがいします」
緊張しているのか、女の子がどもりながらちょこんと頭を下げる。俺もつられて、「あ、ど、どうも、笠原涼太です」なんて恐縮しながら頭を下げた。
「今日は主人が仕事で、家に誰もいないから連れてきちゃったの。なるべく騒がせないようにするから、一緒に見て回ってもいいかしら?」
「俺はいいですけど……夏希ちゃんは退屈じゃないんですか?」
「大丈夫よ。この子、自分から来たいって言ってたから」
「そうなんですか?」
「ええ。笠原君のこと話したら興味津々で。クールだけど優しくて可愛い男の子だって言ったせいかしらね」
「……変なキャラ付けするのは止めてください」
「あらいいじゃない。本当のことなんだから」
あっけらかんと笑う小林さんに俺はため息を返すしかない。昌平とは別の意味でこの人は俺を疲れさせる。
「じゃ、行きましょうか。夏希、ちゃんと離れないようにするのよ?」
「うん! あ、そうだママ、手つないでもいい?」
「いいわよ」
「わぁい!」
元気よく返事をした夏希ちゃんはなぜか俺の手を握ってきた。俺がぎょっとしていると、小林さんが口に手を当てて笑った。
「あらあら夏希ったら、もう笠原君が気に入ったの? でもダメよ。笠原君には大事な彼女がいるんだから」
「かのじょー! なつきもりょうたくんのかのじょになるー!」
「しょうがないわね。笠原君、今だけエスコートしてあげてくれる?」
「はぁ……」
俺は困惑しながら夏希ちゃんを見下ろした。夏希ちゃんは大きな瞳でじっと俺を見つめてくる。期待のこもった眼差しを向けられてもどう反応すればいいかわからない。なんだか面倒なことになってきたなと思いながら俺は小さくため息をついた。
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