12−13
「……っと、遅くなっちまったな。お、随分賑やかじゃねぇか」
ようやく到着した本田さんが引き戸を開けて入ってくる。時刻は20時過ぎ。いつもならすでに閉店しているように静かなのだが、今日はまだまだ終わらなさそうだ。
「あ、本田さんお疲れさまです。今日はいろいろありがとうございました」俺は頭を下げた。
「何、喜美ちゃんのためならこれくらいお安い御用ってもんだ」
本田さんが胸を逸らせて笑う。キッシュを配り終えた喜美が「どういうことですか?」と尋ねてきた。
「今日のこれはな、全部涼太が企画したことなんだ」本田さんが言った。
「喜美ちゃんが店畳むって話を聞いて、何とかしてやりてぇって思ってな。それで今までここに来た客を片っ端から探したってわけだ」
「はぁ。でも昌平君や岡君はともかく、山本さん達はどうやって連絡取ったんですか?」
「それは俺の伝手を使ったんだよ。名前と顔はわかってたから、現場仲間に声かけて、その知り合いにも聞いて回ってもらってな。会社の同僚やらPTAやら行きつけの店やら片っ端から当たってやっと見つけてよ。いやぁ苦労したぜ」
「本田さんがいなかったら全員は揃いませんでしたよ。本当にありがとうございます」俺はもう一度頭を下げた。
「何、いいってことよ。俺も昔みたいに賑やかな店が見られて嬉しいぜ」
本田さんが歯を見せて豪快に笑い、カウンターの真ん中の席に座った。本田さんの指定席だ。俺はそこにお冷を持って行こうとしたが、ふと視線を感じて横を見た。喜美が潤んだ目で俺を見つめている。
「涼ちゃん……これ、ホントに全部涼ちゃんがやってくれたの……?」
泣きそうな顔でそんなことを言われるとどう反応すればいいかわからない。客も今まで通り喋ってくれればいいのに、全員ぴたっと黙り込んで俺が何か言うのを待っている。
俺はばつが悪そうな顔でしばらく突っ立っていたが、やがて観念して息をつくと言った。
「……自分がこんなことする柄じゃないってのはわかってる。たぶん今までの俺だったら暇な方がいいって思って何もしなかっただろうし、それで店潰れてもさっさと次のとこ見つけただけだったと思う。
でもな、俺、この店がなくなるのは嫌だったんだよ。こんな美味い料理を安く食わしてくれる店なんて他にないし、ここでお前と話すのが楽しいって思う客もいるはずだ。
でも、俺1人で言っても説得力ないと思ったから、今まで店に来た客に集まってもらったんだ。この店を好きだって思ってるのは、俺だけじゃないって知ってほしかったから……」
こんな風に誰かのために何かをしたのは生まれてだったかもしれない。常に面倒くさがりで、他人と関わるのを嫌っていた俺が、人に協力してもらって、回りくどいやり方を取ってまでで喜美に店を続けさせようとした。そんならしくない行動を取ってしまったのは、俺自身が、喜美とこの店によって変えられたせいかもしれなかった。
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