12−14

 喜美は放心したように立ち尽くして俺を見つめていた。だが、その目にみるみる涙が溜まると、止める間もなくダッシュして俺に飛びついてきた。


「うわああああああああああああああああああああ! りょおおおおおおおおおおおちゃああああああああああああん!」


 絶叫しながらもの凄い勢いで正面から抱きつかれ、俺は持っていたお冷を零しかけた。急いでお冷を置いて喜美を引き剥がそうとするが喜美はしがみついて離れない。


「おいこら! 止めろって! 客いるだろ!」


「だって……だって……うわああああああああああああああああああああ!」


「つーかまた顔ぐっちゃぐちゃだぞ! 鼻水くらい拭けって言ってるだろ!」


「うわああああああああああああああああああああ!」


「あぁもぅ何でこうなるんだよ……」


 諦めて指で自分の耳に栓をする。確か前にも同じようなことがあったが、あの時より数段声とパワーが凄まじい。それだけ嬉しさが大きかったということだろうか。


「お、こりゃ熱いねぇ。いやぁ酒も美味くなるってもんだ」


「うぅ……悔しいっすけどここは我慢っす! 俺は好きな女のために身を引くっす!」


「くっそー……。おい涼太! こうなったらぜってー喜美さんのこと幸せにしろよな! 喜美さん泣かせたりしたら許さねぇからな!」


 本田さん、岡君、昌平が口々に言う。誤解を解こうにもこの格好では言い訳のしようがない。


「よし、決めた!」喜美が急に俺から離れて叫んだ。

「あたし、今月いっぱいでお店畳むつもりだったけどやっぱり止める! こんなにあたしのお店を気に入ってくれてる人がいるんだもん! ちょっと売り上げ減ったからって諦めちゃダメだよね!」


「おう、その意気だぜ喜美ちゃん!」本田さんが力強く頷いた。「お前さんはこんなとこで終わるような柔な嬢ちゃんじゃねぇはずだ!」


「そうですね。私もこの店がなくなるのは寂しいですし、できる範囲で協力させてもらおうと思います」山本さんが言った。


「ひとまず今度の商談の後、先方との会食でこの店を使わせてもらおうと思います。先方は味にうるさい方だそうですが、白井さんの料理ならまず問題はないと思いますので」


「あ、じゃああたしも友達連れてくる!」茜ちゃんが言った。

「ここならあたしのお小遣いでもいろんなもの食べれるし、インスタとかにアップしたらそれ見た人が来るかもしれないよね?」


「Then,I’ll also call out to fellow actors」ヘレンが言った。

「I’ll be appearing in a movie next time,so I’ll introduce this restaurant to the persons concerned」


「彼女も俳優仲間に声をかけると言っています」ジョージが通訳した。

「今度映画にも出演することになっているので、その関係者にも店を紹介すると」


「あ、じゃあその人にサイン書いてもらったら?」茜ちゃんがヘレンを指差した。

「芸能人来た店だったら宣伝なるかも!」


「なるほど。それはいい考えですね。どうだい? ヘレン」


「Sure thing! ワタシ、オテツダイ、シタイ」


「うわ、すげー! っていうか一緒に写真撮ってもらっていいですか? 女優さんと一緒にご飯食べたとか絶対自慢できるし!」


「こら茜、初対面の人にそない迷惑かけたら……」


「構いませんよ。彼女も他のお客さんと話すのが楽しいようですし」


 大原さん親子とヘレンとジョージが賑やかに話をする。いつの間にかテーブルの垣根を越えて会話の輪が広がっていた。

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