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 その後、厨房に戻った喜美はさっそく調理の準備を始めた。実演調理があると言うと幸実さんは興味津々な様子で、ぜひお願いしたいと言ってきた。後から記事にするつもりなのかもしれない。


「はい! それじゃあさっそく実演調理を始めます! 今日のお題はカツ丼! お腹を満たして運気をアップ! あなたの人生を変える一品を作っちゃいますよ!」


 いつも以上に張り切った様子で喜美が口上を述べ始める。幸実さんも鞄からいそいそとノートとペンを取り出してメモの準備をした。


「用意する材料は豚ロース肉! それと卵3つと玉ねぎ、三つ葉です! 卵1個は衣用で、残り2個がお肉を閉じるのに使います! 玉ねぎはそんなに量はいらなくて、4分の1くらいあれば十分かな! 三つ葉は飾りだけど、香りがいいのでできるだけ使ってくださいね!

 じゃ、まずはお肉を準備します! お肉の厚さなんだけど、1.5センチから2センチくらいの厚めの方がボリュームあって美味しいからおススメです! 量は2人前で150グラムぐらいかな!

 お肉の処理で大事なのが、脂身と赤みの間に切り込みを入れること! ここに大きい筋があって、そのまま残してると硬くて触感が悪くなっちゃうので、縦向きに包丁を入れて筋を切っていきます! 切る時は裏側も忘れずに!」


 冷蔵庫から取り出したロース肉に喜美が包丁で切り込みを入れていく。包丁を扱う手つきは手慣れたものでさすがはプロだと実感させられる。


「切り込みを入れたら、今度はフォークで全体に穴を開けていきます! その方が筋が切れてお肉が柔らかくなるので! これも表裏どっちもやります!

 で、穴を開け終わったら、今度は塩胡椒で下味をつけていきます! 味が馴染むまで10分くらい置いておくといいですよ!」


 説明しながらも喜美は流れるように作業を行っている。幸実さんはメモを取るのを止めてその手際の良さに見入っていた。


「はい! じゃあ待ってる間に玉ねぎを切って、それからタレを作っていきます! 玉ねぎは薄切りで、5ミリくらいに切っておきます! タレはかつお出汁が150ミリリットル、醤油とみりんが大さじ2、砂糖が小さじ1、分量はお好みで調整してもらって大丈夫です! 家で作る時は出汁を取らないで、水に150ミリリットルにほんだしを入れてもいいですよ! タレができたら、さっき切った玉ねぎを中に入れちゃってください!」


 肉を一旦パッドに移し、まな板の上で玉ねぎをスパンスパンと切っていく。続いてボウルに調味料を混ぜ、カットした玉ねぎを中にぶち込む。まだ火は通さないようだが、これ煮たら絶対美味いだろうなと考えると早くも腹の虫が鳴りそうになった。


「はい! そうこうしてる間に10分経ったので、お次はお肉を焼いていきます! 衣を作るのに必要なのは小麦粉、卵、パン粉の3種類! 卵は1個だけ割って軽く溶いておいてくださいね! 

 まずは小麦粉を付けていきます! パッドの中に小麦粉を広げて、その中にお肉を入れて裏表まんべんなくまぶします! 側面は忘れがちですけど、ここもしっかりつけておいてくださいね! ただし付け過ぎると粉っぽくなるので、余計な粉はしっかり叩いて落としておいてくださいね!」


 肉の裏表、側面に小麦粉をまぶした後、とんとんと叩いて白い粉を落としていく。残った小麦粉がもったいない気もするが、量を付ければいいってもんでもないらしい。


「小麦粉を付けたら、さっき溶いた卵の中にお肉を入れます! この卵が衣とお肉の接着剤になってくれるので、裏表しっかり付けておきます!

 で、全体的に卵を付けたらお次はパン粉をまぶします! パン粉は生パン粉の方が美味しいからお勧め! 多めに付けた方がさくさくして美味しいですよ!」


「あの……すみません、一ついいでしょうか」幸実さんがおずおずと片手を上げる。


「はい! 何ですか!?」


「その卵なんですけど……他のお店に取材に行った時には違うものを使っていた気がするんです。何て言うか、もっと色が薄くて、もったりしていたような……」


「あ、もしかしてバッター液のことですか?」


「あ、はい。確かそんな名前でした」


「バター液? とんかつにバター使うんですか?」俺は首を捻った。


「バターじゃなくてバッターだよ涼ちゃん!」喜美がすかさず言った。

「バッター液っていうのは、卵に小麦粉とか牛乳とかを入れて水で合わせたもののこと! 揚げ物の衣としてよく使うんだよ!」


「へえ。で、とんかつでもそれ使うのか?」


「うん。バッター液には元から小麦粉と卵入ってるから、それ付けとけば後はパン粉付けるだけでいいから楽なんだ! それにどろっとしてる分素材に絡みやすくて、パン粉が均等に付いて衣が剥がれにくいってメリットもあるし! 今回はお試しってことで卵だけにしたけど、バッター液を使っても美味しいと思う!」


「なるほど……。とんかつにはバッター液を使う、と。料理は奥深いですねぇ」


 幸実さんが真剣な顔になってメモを取っている。仕事熱心なようだ。

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