15−7
「あちらの方……。すごく明るい方ですね」幸実さんが眩しそうに目を細める。「何て言うか……身体全体からパワーがあふれてるみたいで」
「それがあいつの取柄ですからね。たまに元気すぎてウザくなる時もあるんですけど」俺は苦笑した。
「でも羨ましいです……。きっとあぁいう人が幸せを惹きつけるんでしょうね」
幸実さんが寂しそうに笑う。俺は何とも言えずに黙り込んだ。
「えーと……なんか気になるメニューとかあります?」俺は気まずさを払おうと言った。
「そうですね……。どれもすごく美味しそうで、一つに決めるのが難しいですね……」幸実さんがメニューを捲りながら呟く。
「実際どれも美味いですよ。俺はオムライスをよく食いますけど」
「オムライスですか……。それもいいですけど、もっとこう、精がつくような料理はないでしょうか?」
「精がつく?」
「はい。憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるような、疲れが取れる料理と言うか……。何かないですかね?」
「うーん。ボリュームがある料理なら、この前追加したとん平焼きがありますけど」
「とん平焼き、ですか……。すみません私、そういうこってりしたものはちょっと……」
「じゃあ天津飯とか親子丼はどうです? どっちも腹いっぱいになりますよ」
「満腹になりたいわけではないんです。どちらかというとスタミナをつけたくて……」
「うーん、そんなメニューうちにはないと思いますよ。鰻とか売ってるわけじゃないし……」
「そうですか……。ってすみません。無料で食べさせていただくのに図々しかったですね。お勧めしていただいたこともありますし、オムライスでお願いします」
「わかりました。ソースは何にします?」
「そうですね。えっと……」
「ちょーっと待った涼ちゃん!」
いきなりデカい声がして俺はびくりとした。見ると、厨房から喜美が身を乗り出すようにして俺を睨みつけていた。
「お客さんにガマンさせちゃダメだよ! せっかくなんだから食べたいものを食べてもらわないと!」
「い、いやでも、実際スタミナつく料理なんかメニューにねぇだろ?」
「ないなら作ればいい! おねーさんにぴったりの料理がありますよ!」
「え、本当ですか?」幸実さんが目を丸くする。
「はい。この料理を食べれば、不幸に負けない体質になれること間違いなしです!」
「そ、そんな魔法のような料理があるんですか……!?」
「あります!」
喜美が自信満々に胸を張る。こんな大言壮語を言って大丈夫なんだろうかと俺は傍から見て心配になった。
「そ、それで、その料理というのは……?」
「カツ丼です!」
「カツ丼?」
「はい! ボリュームたっぷりな上に栄養満点! スタミナをつけるにはこれが一番です!」
「はぁ……」
珍しい料理を期待していたのか、幸実さんが気の抜けたような顔になる。俺は喜美の方に近づいていくと小声で耳打ちした。
「お前それまさか、不幸にカツ丼、とか言う意味で言ってんじゃないだろうな?」
「え、ダメ?」
「……ネタが安直すぎるだろ。それでよく魔法の料理とか言えたな」
「でもでも、実際ぴったりだと思わない? カツ丼食べて不幸に打ち勝つ!」
「カツ丼食うだけで幸せになれたら誰も苦労しないっつうの。しかもあの人の場合、ガキの頃から不幸が続いてんだぞ? そんな簡単に状況変わらねぇっての」
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん! ね、おねーさん! あたしのカツ丼、食べてみませんか!?」
喜美が期待を込めて幸実さんを見る。幸実さんはメニューを見ながらしばらく考え込んでいたが、やがて言った。
「そうですね……。願かけとしてカツ丼を食べたことはありますけど、効き目があったことは一度もなくて……。むしろ無理に量を食べたせいでお腹を壊してしまったくらいなんです」
「ほら見ろ、お前の考えることくらいとっくに実行済みなんだよ」
それ見たことかという気持ちで俺は喜美に言った。喜美が不満げに唇を尖らせる。
が、幸実さんの言葉はそれで終わりではなかった。メニューを見つめ、それから喜美の
方に視線を移して続ける。
「でも……あなたみたいな幸せ体質の方が作るカツ丼なら、今まで食べたものとは違うかもしれません。よければ作っていただけますか?」
「もちろんです! おねーさんの人生を変えるとっておきのカツ丼を作りますよ!」
喜美が張り切ってガッツポーズをする。それから俺にドヤ顔を向けてきたので俺は少しだけ悔しくなった。あぁいいよ。不幸に勝つカツ丼、作れるもんなら作ってみろ。腹立たしげにそう考えながらも、喜美なら本当に作ってしまいそうな気がするから不思議だった。
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