15−6
タオルで髪と服を拭き、お冷を飲んだところでようやく女性は落ち着いたらしい。鞄から名刺を取り出して俺と喜美に渡してきた。名刺には、「VILING新聞社
「新聞社? もしかして記者なんですか?」俺は幸実さんに尋ねた。
「はい。VILINGというのは、地元密着型の生活情報誌なんです」幸実さんが頷いた。
「私はグルメ情報の担当でして、新しいお店のメニューを紹介する記事などを書いています」
「へー! 記者さんですか! すごいですね!」喜美が興奮した様子で言った。
「それに幸実さんっていい名前ですね! 幸せいっぱいって感じで!」
「はい。両親は、幸実る人生になるようにと願って私にこの名前をつけたようです。まぁ現実はそれとは真逆なんですけど」
幸実さんが苦笑いをする。名前に幸せと付いた人が不幸体質とは、何とも皮肉な話だ。
「でもグルメ情報の記者さんってことは、いろんなお店を回るんですよね? 今までどんなお店に行ったんですか?」喜美が興味津々な様子で尋ねた。
「お店のジャンルは様々ですね。イタリアンから和食、それにカフェなど、気になるお店があればどこでも行きます。ただ、私は何を食べてもたいていお腹を壊してしまうので、あまりいい記事は書けないんですけど」
それでよくグルメ記者が務まるな。他の部署に異動した方がいいんじゃないかと俺は思ったが、この人の体質上どこに行っても変わらないのかもしれない。
「でも……私も長くこの仕事をしていますけど、こんな食堂があるなんて初めて知りました」幸実さんが店内を見回しながら言った。「いつオープンされたんですか?」
「5年くらい前ですね! 小さいお店ですけど、ひいきにしてくれるお客さんがいるおかげで今日まで続けてこられたんです!」
「そうですか……。その頃からずっとお二人で?」
「いえ、こっちの涼ちゃんはアルバイトで、働いてるのは9か月前くらいからですね!」
「あら、そうだったんですか。随分と仲がよろしいようでしたので、もっと古くからお付き合いがあるのかと思いました」
「あー、やっぱりわかります? 実はあたしと涼ちゃんは……」
「おい、あんまりべらべら喋ってんじゃねぇよ」俺はすかさず遮った。
「今は仕事中だろ。くっちゃべってる暇あったらさっさと料理の準備しろ」
「ちぇっ、涼ちゃんってば相変わらずつれないなぁ。さっきのあれはどこ行ったのさ?」
「……さっきは俺もちょっと気分が変だったんだよ。これが普通だ」
「ふーん? ま、いいや。じゃ、おねーさん! 注文決まったら涼ちゃんに言ってくださいね! あたしは厨房で準備してますんで!」
喜美が元気よく言って客席から厨房に引っ込んでいく。ぱたぱたという足音が止むと店内が急に静かになったような気がした。
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