7−10

「ふふん。その反応を見ると大成功みたいだね?」


 横から声がして俺はエッグベネディクトを食べる手を止めた。顔を上げると、例によって不敵な笑みを浮かべて隣に座っている喜美と目があった。


「……何だよ、人が食ってるとこじろじろ見んなよ」俺はばつが悪そうに目を逸らした。


「そうはいかないよ。今日の涼ちゃんはお客さんじゃなくてバイトなんだからね! 見られてたって文句は言えないよ!」


 喜美はそう言って俺の方に椅子を近づけてくる。俺は身体を反らせて距離を取ったが、すると喜美がますます身体を近づけてくるのでついには椅子から立ち上がった。


「……朝からベタベタすんの止めろ。せっかく人が美味い飯食ってるのに」


「お、美味いって言ったね! やっぱりあたしの愛情パワーが効いてるんだね!」喜美がガッツポーズをした。


「……美味いのは認めるけど、愛情は関係ない。ただ料理の腕がいいだけだろ」


「もー、涼ちゃんってばいけずだなぁ。どうせならもっと嬉しい褒め方してよね!」


「例えば?」


「喜美ちゃんはいっつも明るくて可愛いですとか、将来はお嫁さんにしたいですとか!」


「……ない」


 俺は素っ気なく言うと、皿を持ってテーブル席に移動した。告白されて以降、絡みがいっそう面倒になっているのは気のせいではないはずだ。


「まぁでも、その感じだとお店に出しても問題なさそうだね」喜美が言った。


「そうだな。本場の味は知らないけど、普通に美味いとは思う」


「よし! 後はあのお姉さんがいつ来てくれるかだね。そのうち来ると思うけど、どうせなら新メニューの宣伝もしたいし……。ね、涼ちゃん、この後ポスティング行ってくれる?」


「ポスティング? チラシ配りってことか?」


「そう! 『たまご食堂・ついにアメリカ進出!』って見出しつけてさ。エッグベネディクトの写真と、ついでにあたしの写真も載せておけばお客さん殺到するんじゃない?」


「……まぁ、料理の写真見たら興味は持つかもな」俺は華麗に後半をスルーした。「で、そのチラシいつ作るんだよ?」


「今からに決まってるでしょ? 料理だけ食べて帰ろうなんて甘いこと考えてないよね?」


 考えてた。むしろ金もらって豪華な朝飯食べれてラッキーって思ってた。


「さ、そうと決まれば片づけ片づけ! メニューも変えないといけないし、今日は大忙しだね!」


 喜美は張り切って言うと厨房に引っ込んでいった。今日の勤務時間ははっきりと聞いていないが、この分だと夜まで付き合わされそうだ。


 俺は潰された休日を嘆くようにため息をつくと、せめてもの楽しみとしてエッグベネディクトの試食を再開した。




 それから2週間が経ったが、エッグベネディクトの売り上げは上々だった。


 ポスティングの効果があったのか、近所に住む女子高生やOLが昼間に来店することが増え、出された料理を前にしてははしゃいだ声を上げて写真を撮っていた。彼女達がSNSにアップした写真がさらに話題を呼び、別の客を呼び込むという好循環が成立していた(ちなみに男性の客はそこまで増えなかったので、喜美の写真の効果はお察しだ)。おかげでたまご食堂は大忙しで、俺は昼間からあくせくと働かされることになったのだった。


 ただ、肝心のヘレンはいつまで経っても来店しなかった。もしかしたら日本には仕事で一時的に来ていただけで、もうアメリカに帰ってしまったのかもしれない。閉店1時間前、客のいなくなった食堂で俺はヘレンのことを思い出しながら、せめて後1回でも会えたらと待ち遠しい気持ちでいた。


 そんな俺の儚い願いが通じたのだろう。それからさらに1週間後、ヘレンがようやくたまご食堂に姿を見せた。10月最終週の金曜日のことだった。

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