13−6
半分ほどおかずを食べ終えたところで、横から強烈な視線を感じて俺は顔を上げた。喜美が顔を突き出さんばかりにしてじーっとこっちを見ている。
「……何だよそんなにガン見して」
「いやー改めて思ったんだけど、涼ちゃんってホンットに美味しそうにご飯食べるなーって。だからつい見入っちゃった」
「見入るって……普通に食べてるだけだろ」
「全然普通じゃないよ! なんかもう幸せオーラ全開だし!」
「……そんなに?」
「うん! 何なら鏡見せてあげようか?」
「いやいい。そんな気持ち悪い顔絶対見たくねぇから」
喜美がカゴバッグから鏡を取り出そうとするのを全力で止める。自分では全く意識していないのだが、どうも俺は美味い飯を食っていると顔が変になるらしい。前に喜美のオムライスを食った時には、「顔からしてとろけそう」なんて言われたこともあった。自分がどれだけ変な顔を人目に晒しているのか、自覚がないだけに確かめるのが怖ろしい。
「つーかお前自分の弁当は?」
「あるけど、あたしは後でいいよ! 今は涼ちゃんが食べるの見てたいから!」
「……こっちが落ち着かないんだけど。腹減ってんだろ? さっさと食っちまえよ」
「うーん、まぁそれもそっか。じゃ、喜美ちゃんもお弁当ターイム!」
張り切った声を上げて喜美がカゴバックからタッパーを飛び出す。蓋を開けると、耳をカットした食パンに厚切りの卵を挟んだ卵サンドが3つ並んでいた。
「ホントはあたしもお弁当にするつもりだったんだけどさー。涼ちゃんのお弁当作るの頑張り過ぎて時間なくなっちゃって。だから今日はこれ!」
「……そんなもんで足りんのか? お前普段もっと大飯食らいだろ」
「あ、失礼だなー。あたしこう見えても小食なんだからね?」
「嘘つけ。こないだだって店で余ったご飯3杯にみそ汁5杯食ってただろ」
「それはそれ、これはこれ! じゃ、いっただっきまーす!」
ご丁寧に両手を胸の前で重ねた後、喜美がさっそく卵サンドを食い始める。両手でサンドイッチを持ちながら咀嚼する姿はハムスターみたいだ。
「いやー、やっぱ美味しいね! このなめらかな食感! ふわっふわでとろっとろの舌触り! 卵とパンの絶妙なハーモニー! まさに天国! 口の中に広がる黄色いお花畑! あたしってば料理の天才だね!」
盛大に自画自賛をしながら喜美が卵サンドをむしゃむしゃと頬張る。その様子があんまり美味そうなので俺は思わず箸を止めて喜美を凝視した。
「んー、おいしー! ……ってどうしたの涼ちゃん、そんなにじっと見て」
「え、あ、いや、お前も大概美味そうに食うなって思って……」
「だって実際美味しいからね! よかったら涼ちゃんも食べる?」
「え、いいのか?」
「うん! どうせならいろいろ食べてほしいし!」
「そっか。じゃ、1個だけ……」
そろりとタッパーの方に手を伸ばす。が、俺がサンドイッチを取ろうとしたところで、喜美が急に何かを思いついた様子で「あ、ちょっと待って!」と叫んだ。
「な、何だよ?」
「いーこと思いついたの! デートなんだからこーゆーのもありだなって!」
喜美はそう言うと、新しいサンドイッチを手に取ってそれを一口サイズに千切った。俺が怪訝そうに見ている中、千切ったそれを俺の口元に差し出してくる。
「……いやちょっと待てよ。何だよこれ?」
「決まってるでしょ? あーん、だよ! ほら、食べさせてあげるから口開けて!」
「いや何でそんな恥ずかしいことしなきゃいけねぇんだよ。普通に食えばいいだろ」
「いいじゃん! 一回やってみたかったんだよ! あーんはラブラブカップルの基本でしょ!?」
「いや知らねぇし……。つーかそれって少女漫画の中の話だろ。現実でやってる奴みたことねぇけど」
「それは涼ちゃんが知らないだけだよ! 世の中には少女漫画以上にホットで熱々なカップルがごまんといるんだよ!? あたし達もそれを目指さないと!」
「いらねぇよそんなの……。俺のキャラじゃないし」
「ぶー、相変わらずノリが悪いなぁ涼ちゃんは。でもそれじゃダメ!」
俺が止める間もなく喜美は千切った卵サンドを自分の口に入れてしまう。あ、と声を上げた時には卵サンドは喜美の胃袋の中に消えていた。
「可愛い彼女のお願い聞いてくれないいけずな涼ちゃんには食べさせてあげないんだからね! 欲しかったらあーんされること!」
「いや意味わかんねぇし。お前俺に食ってほしいんじゃねぇのかよ?」
「食べてほしいけど、どうせならカップルっぽく食べたいじゃん! あたし達付き合ってるんだし!」
「だからってわざわざそんな恥ずかしいことしなくても……。しかも周りにこんなに人いるのに……」
「人がいるからこそ、だよ! あたし達のラブラブっぷりを周りにアピールしないと!」
「なんでわざわざアピールしないといけねぇんだよ……」
「とーにーかーく! この超絶品卵サンドが食べたかったらあたしの言うこと聞くこと! でなかったら一人で食べちゃうんだからね!」
宣言通り喜美はあっという間に卵サンドを平らげていく。一口食べるたびに「んー、おいしー!」とひときわデカい声を上げ、そのたびにちらちら俺の方を見てくる。俺は無視して自分の弁当を食べていたのだが、喜美の食レポが気になりすぎて全然味わえていなかった。
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