13−5

 そうして時間をかけて散策を続け、昼時を迎えたので俺達は飯を食うことにした。公園の奥まったところに広場があり、何人かの家族連れや友達グループがすでにピクニックを楽しんでいる。今日は平日なのでそこまで混み合っていなかったが、それでも桜がよく見える場所を探すのには苦労した。広場の端っこ、ちょうど桜の木の真下にスペースがあったので、そこにレジャーシートを敷いて腰を下ろすことにする。


「さーて、お楽しみのお弁当タイムだよ! 喜美ちゃんとっておきの手作り弁当をご覧あれ!」


 喜美が張り切ってカゴバックから弁当を取り出す。黄色い風呂敷を開くと中から二段式の弁当箱が現れた。蓋を開けると、きんぴらやひじき、アスパラの肉巻きやミートボールなど、小ぶりのおかずがぎっしりと詰まった中身が目に飛び込んでくる。でもメインはやっぱり卵で、卵焼きはもちろん、花形にカットしたゆで卵やたまごサラダなど、散りばめられた黄色が弁当に彩りを添えている。

 下の段には一口サイズの海苔巻きおにぎりがあって、黒ごまや赤しそなどそれぞれ違うトッピングがされている。ご飯もおかずもどちらも実にカラフルで食欲をそそり、俺は見るだけで腹が減ってきた。


「どうどう? 美味しそうでしょ! 早起きして頑張って作ったんだよ!」


 期待に顔を輝かせて喜美が身を乗り出してくる。俺は半分硬直しながら色鮮やかな弁当を見つめ、ようやく言った。


「何つーか……、気合い入れすぎじゃね? これ何時に起きて作ったたんだ?」


「6時! いやーなかなか大変だったよ。朝から卵焼いて茹でて和えて、それと並行して野菜切ってお肉焼いて……お店の時より忙しかったかも!」


「店に出すんじゃねぇんだからそんなに頑張らなくても……。俺は別にスーパーの弁当でもよかったのに」 


「そういう問題じゃないんだよ! 好きな人には自分の作ったもの食べてほしいでしょ!」


 喜美が唇を尖らせてむくれてくる。もちろん俺だってスーパーの味気ない弁当よりは喜美の手作り弁当を食う方が嬉しい。でもそのためにわざわざ休みの日に早起きさせたことを思うと申し訳なさが先に立つ。


「まぁまぁ、とにかく食べてみてよ! 涼ちゃんが喜んでくれたら早起きの大変さなんて吹き飛んじゃうから!」


 熱心に勧められて渋々箸を取る。さてどれから食べようかと迷い、とりあえず卵焼きに箸をつけることにした。卵焼きは食堂で出しているのと同じくらい綺麗な黄色をしていて、ふわっと膨らんだ仕上がりは見るからに柔らかくて美味そうだ。形を崩さないように慎重に箸を入れ、口に運ぶ。


 その瞬間、もう何度も味わった滑らかな触感が舌の上を滑り落ちていって、噛むたびに口の中でじんわりと旨味が広がっていく。ほんのり甘い味わいは砂糖控えめのお菓子を食べているようで、いきなりデザートを出されたような贅沢な気分にさせられる。


「どうよ涼ちゃん! あたしの特製弁当のお味は!?」


 喜美が期待に目を輝かせて尋ねてくる。俺は何と答えたものか迷ったが、ここは正直に答えることにした。


「……うん、美味いよ。スーパーの弁当とは全然違う」


「でしょでしょ! やっぱり手作りでよかったって思ったでしょ!」


「……まぁな。でもこんなにおかずいっぱい作らなくたってよかったのに」


「どうせなら卵料理以外も食べてほしくってさ! ほら! 他のも食べてみてよ!」


 言われて他のおかずに箸を伸ばす。まずはきんぴら。ごぼうとにんじんを細くスライスしたもので、辛すぎず甘すぎずの味付けが癖になって箸を止めるタイミングが見つからない。

 お次はアスパラの肉巻き。硬さを残したアスパラのコリコリ加減が歯に心地よく、巻いた肉にもしっかりと味が付いていてそれだけでご飯がいくらでも進む。

 おにぎりも程よく塩気が効いていて、しっとりとした海苔がご飯にフィットして絶妙な舌触りを作り出す。どの料理をとっても手抜きと思えるものは一つもなく、一つ一つを丹念に仕上げていることがよくわかる。このクオリティだったら千円出しても食べたいと思うが、そんな料理をただで、しかも1人だけ食べられているなんてちょっとした優越感を覚えた。

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