13−7
「さっ、いよいよ最後の一つだね! きっと今まででいっちばん美味しいんだろうなぁ……」
わざとらしく大声で言って喜美が残った卵サンドに手を伸ばす。俺は素知らぬ振りをして桜を眺めていたのだが、どうしても食レポの方に耳が向いてしまう。異様なまでにスローモーションで卵サンドを食べる喜美の方をちらりと見やった後、観念したように口を開く。
「……やっぱりくれ、卵サンド」
「えー、なーに?」喜美が片手を耳に当てる。
「……卵サンド、ください」
「おー? それはつまりあれ? ホットで熱々なラブラブカップルらしくあーんをしてほしいって言う……」
「……違う。俺はただ卵サンドが食べたいだけだ。そんだけ美味い美味い言われたらやっぱ気になるだろ」
「はいはい! 意地張ってても胃袋には勝てないってことだね! じゃ、張り切ってどーぞ!」
満面の笑みを浮かべながら喜美が俺の口先に千切った卵サンドを突きつけてくる。俺は周りを注意深く観察し、誰も見ていないことを確認してからそーっと顔を近づけてそれを食った。すぐに顔を離して咀嚼する。
「どうどう? 絶品でしょ? コンビニの卵サンドとは全然違うでしょ?」
期待に顔を輝かせて喜美が俺の顔をのぞき込んでくる。確かに厚切りの卵はふわふわでパンとの相性も抜群なのだが、いかんせんシチュエーションのせいで頭が働かず、褒める言葉も浮かんでこない。
「……あのさ、やっぱり普通に食べさせてほしいんだけど」
「なんで? こっちの方が愛情成分2割増しで美味しくない?」
「……恥ずかしくて逆にあんまり味わってる余裕ないんだよ。どうせならちゃんと食いたいし……」
「大丈夫! 何回もやってたら慣れるから! というわけでほら、あーん!」
どうあっても喜美は普通に食わせる気はないらしい。観念して口を開くが、そこで近くにいた主婦らしき二人連れと目が合った。あ、という思った瞬間には口の中にサンドイッチが放り込まれていた。
「あらー、いいわねぇ。私も若い頃は夫とよくやったのよ」
「あぁいうことができるのが若い人の特権よねぇ。私もあの頃に戻りたいわぁ」
そんな会話をしながら主婦二人が生暖かい笑顔を送ってくる。ばっちり目撃された上にネタにされるなんて恥ずかしすぎて今すぐ死にたくなった。
「へへ、やっぱいいねこういうの! カップルっぽくて!」喜美が俺の気も知らずに満面の笑みで言う。「どーせならお弁当でもやってあげようか? あーん!」
「……死んでも嫌だ」
「なんで? お箸だったら間接キスになるし、ドキドキ成分2割増しじゃん!」
「……そういう問題じゃなくて。つーかお前は恥ずかしくないのかよ?」
「全然? むしろ涼ちゃんもやってよ! あーん!」
「だから嫌だっつってんだろ。飯くらい自分で食え」
「えー、いいじゃんちょっとくらいー。カップル気分味わわせてよー」
喜美が口を開けつつ腕を揺さぶってきたが、俺は無視して残りの卵サンドを奪い取った。口に放り込んで咀嚼するもやっぱり味がしない。それもこれもさっきの羞恥プレイのせいだ。こんな恥晒しをするくらいなら大人しく弁当だけで我慢しておくんだった。
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