17−13

「せっかくのスペシャル・スイーツだからね! ゆっくり味わわせてもらうよ!」


 言葉のとおりマイケルはそれまでの勢いを止め、たっぷり時間をかけて卵かけ氷をスプーンで掬っていった。一口食べるごとに「んー!」と息を漏らし、言葉を尽くしてその美味さを伝えてくる。子どもだけでなく大人も食レポに触発されたのか、「ね、あれ食べたくない?」「あとで買おっか」なんて声があちこちから聞こえてきた。


 すっかり余裕をかましているマイケルを尻目に、俺は焦燥が込み上げてくるのを感じていた。

 まずい、このままじゃ負ける——。いくらフードファイトのチャンピオンだからって、こんなふざけた相手に負けるなんてめちゃくちゃカッコ悪い。それに何より、この勝負に負けたら、喜美があいつに取られてしまう。


「くそっ……。舐めてんじゃねぇぞ!」


 半分ほど残っていたカレーを皿を持ち上げて一気にかっ込む。勢いがつきすぎてむせ込みそうになったが、構わず水で流し込んだ。叩きつけるようにコップをテーブルに置き、それから喜美の方を振り仰いで怒鳴る。


「喜美! 俺もラストだ! 卵かけ氷もってこい!」


 さっきまでは即座に反応していた喜美だが、なぜかその時は動こうとしなかった。俺は苛立ったようにもう一回口を開いたが、それより早く喜美が言った。


「涼ちゃん、もういいよ……。お腹いっぱいなんでしょ? 見てたらわかるよ。これ以上無理しなくていいから……」


 泣きそうな顔でそんなことを言われ、俺は咄嗟に言葉を飲み込んだ。確かに俺の腹ははち切れそうで、後少しでも何かを入れたら吐いてしまうんじゃないかと思える。でも、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。


「いいから持ってこい! 早くしねぇと負けるだろうが!」


「やだよ! 涼ちゃんがお腹壊しちゃんじゃん!」


「壊したっていい! お前をこいつに取られるよりずっとマシだ!」


 勢いのあまりそんな台詞が口から飛び出す。ギャラリーの男がひゅうっと口笛を鳴らしたが、構っている余裕はなかった。

 喜美はちょっと顔を赤くしたものの、すぐに頷くと、冷蔵庫から卵かけ氷を持ってきて俺の前に置いた。卵かけ氷はボリュームがあり、茶碗で言ったら三杯分くらいはありそうだ。皿からあふれ出すかき氷を見てさすがにげんなりしたものの、すぐに意を決してスプーンを手に取った。気合いを入れるように息をつき、一口掬って口に運ぶ。


 口に入れた瞬間、ふわっ、という音が耳の奥で聞こえた気がした。ふわふわな氷はとても繊細で、舌に触れた先から泡雪みたいに溶けていく。市販のかき氷機で作ったジャリジャリしたものとは全然違って、優しい食感が口の中を柔らかく癒やしていった。

 そこに加わる卵の味。砂糖か練乳を混ぜているのか、卵はほんのりと甘い味がして、それが氷と相俟って優しい味わいを広げていく。シロップみたいに人工的な味ではなく、自然の甘さを活かしたような卵の味はまろやかで、いくら食べても飽きることがなさそうだった。かき氷を食った時特有の頭がキーンとする感覚もなく、氷の冷たさと卵のまろやかさが心地よく口の中に広がり、カレーで火照っていた口内を少しずつ冷やしていく。


 俺は今がフードファイトの最中だってことを忘れ、夢中になって卵かき氷をかっ込んだ。最初に名前を聞いた時は美味しさが全く想像できなかったが、いざ口にするとそれは本当に極上のスイーツだった。これを食ったらもう、イチゴシロップをかけただけの市販のかき氷なんて食えないんじゃ? そう思わせるほど繊細な味わいだった。


 最初はボリュームが多すぎると思っていた卵かけ氷はみるみる嵩を減らしていく。5分もしないうちに皿は空になり、俺は完食を示すようにガツンと皿をテーブルに置いた。美味いものを食った後の満足感にふうっと息をつく。


「イッツ、グレイト! やるじゃないか、ボーイ!」


 隣から声がして俺ははっとして振り向いた。マイケルが満面の笑顔を向けて親指を立てている。前に置かれた皿にはかき氷が三分の一ほど残っていた。


「まさかラストで逆転されるとはね! イッツ・アメイジング! 完敗だよ、ボーイ!」


 そう言われて初めて、俺は自分がマイケルに勝ったことに気づいた。さっきまでは向こうが圧倒的に有利だったのに、だ。ギャラリーからは声援と拍手が飛んできたものの、俺は今一つ納得できなかった。

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