17−14

「あんた……何で負けたんだ? あんなチンタラ食ってなきゃとっくに勝ってただろ」


 俺は疑り深い目をマイケルに向けた。マイケルはさして気にした様子もなく、後頭部に片手を当てて「HAHAHA」と笑った。


「いやーそうかもしれないけどね。卵かけ氷があんまりベリーデリシャスだったんでつい調子に乗ってしまったよ。おかげでキュートガールとデートができなくなってしまった! イッツ、ア、シェイム!」


 一応悔しがるように指を鳴らしたものの、マイケルにさして残念そうな様子はなかった。もしかしてこいつ、最初から勝つ気なんてなかったんだろうか。でもそれじゃ、何のために勝負を? 俺が訝っていると、マイケルが急に思いついたように叫んだ。


「うーむ。しかしまさかこの俺をルーズするとは、どうやらこのボーイのガールへの愛は思った以上にホットなようだ! まさにビッグ・ウェーブ! どうせならボーイも、もっとこのウェーブに乗ってみてもいいんじゃないかな?」


「な、何のことだよ?」


「決まっている。君は何かガールに言いたいことがあるんだろう? だったらギャラリーが大勢いるこの場で、一思いにシャウト! 叫んでもいいんじゃないかと思ってね」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。だけど、親指を立てながら笑顔を向けてくるマイケルの顔を見ていると、急に話の内容が腑に落ちた。ああ、そうか。こいつ、最初からそのつもりで……。ただのアメリカかぶれと見せかけて思いのほか粋な奴だったらしい。だったら俺も、そのナイスな心意気に乗ってやることにする。


「……わかった。いい機会だし、使わせてもらう」


 そう言うと俺は喜美の方に向き直った。喜美が緊張した面持ちで背筋を伸ばす。騒がしかったギャラリーが一瞬にして静まり返り、寄せては返す波の音だけがビーチに響く。


 俺は唾と一緒に緊張を飲み下すと、意を決して切り出した。


「……さっきのこと、悪かった。まな板とかデリカシーのないこと言って……。それにその、他の女の人といい感じになったのも悪かった。俺したらどっちも大したことないって思ってたけど、お前からしたらそうじゃなかったんだよな……」


 喜美は俯いて何も言わない。俺は顔を上げ、何とか次の言葉を捻り出そうとした。


「でも俺、ホントにお前のこと傷つけるつもりなんてなかったんだよ。もちろん浮気するつもりだってない。俺は別に水着の女の子が好きなわけじゃなくて、ただ、お前が行きたいって言ったから海に来ただけで。だからその、他の女の子と一緒にいても楽しくなくて、それにお前が他の男と一緒にいるのも嫌で、だから……その……」


 言えば言うほどしどろもどろになって何が言いたいのかわからなくなる。このままグダグダ続けたって言い訳にしか聞こえない。本当に伝えたいことは一つしかなくて、だから俺は覚悟を決めて、その一言を、腹の底から叫んだ。


「俺は! お前が! 好きなんだよ! お前が! 喜美のことが!」


 言った瞬間、顔がかあっと熱くなるのを感じたが、逃げてはいけないと思った。表情を引き締めて喜美を見つめる。喜美は最初ぽかんとしていたものの、そのうち俺に負けず劣らず真っ赤になっていた。たぶん直射日光のせいではないだろう。


「あ……あ……あたし……」


 魚みたいに口をぱくぱくさせる喜美の姿はすごく可愛くて、いっそ何も言わせずに抱きしめたくなってしまう。でも今はそれじゃ駄目だ。誤解を生むのが言葉なら、誤解を解くのもやっぱり言葉。俺達の関係を戻すためには、どうしても言葉の返事がいる。


 そうして10秒くらい経った後、喜美が意を決したように叫んだ。


「あたし! 涼ちゃんがあたしのために頑張ってくれたの見て嬉しかった! 涼ちゃん、普段ご飯そんなに食べないのに、あんなに必死になってくれて……。それ見てたらもう、ケンカしてたことなんてどうでもよくなって……。ホントはもっと早く許すつもりだったけど、変に意地張っちゃって言えなくて、でもどうにかして言わなきゃって思って……だから……だから……」


 言葉がつっかえたように見えたものの、それは一瞬のことだった。余計な言葉を喜美は全て振り払うと、欲しかった一言を、口にした。


「あたしも! 涼ちゃんのこと! 大好きだよ!」


 弾けるような笑顔でそう言うと、喜美は勢いよく俺に飛びついてきた。俺もしっかりとその身体を受け止めて抱きしめてやる。ギャラリーの誰かがひゅうっと口笛を吹き、次いで割れるような拍手が起こる。普段なら照れくささのあまり隠れたくなるシチュエーションだが、今の俺は不思議と誇らしかった。

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