17−15

「イエーーーーーーーイッ! このホットなビーチに負けないくらいホットなカップルが誕生したぞおおお! これぞサマー・ミラクル! ビッグ、ビッグ、ウェーブだっ!」


 マイケルが高らかに言いながら拳を振り上げる。ギャラリーも何人かつられて拳を振り上げた。本当にエンタメ精神の高い奴だ。でも今は、その大げさなくらいの声援が嬉しくて、俺は喜びを噛みしめながらしっかりと喜美を抱きしめた。


「さぁ! 最高にホットなカップルが誕生した今! 俺達に必要なのはコールドなスイーツだ! 『BIG WAVE』特製、たまごかけ氷をイートしてホットなボディをクールにしよう! 1つ500円がレギュラーだけど、今ならスペシャル! 300円のビッグセールだっ!」


 そう言うなりマイケルは店の方にすっ飛んで行ってたまごかけ氷の準備を始めた。すぐさまその前に人だかりができ、あちこちからたまごかけ氷の注文が飛ぶ。かき氷に便乗して焼きそばやイカ焼きを買う奴もたくさんいて、海の家は一挙に賑わい始めた。


「……宣伝のおかげで店も繁盛したってわけか。ホント、食えないやつだな、あいつ」


 体よく利用されただけの気もするが、今回ばかりはおあいこだ。マイケルの方を見ると笑顔で親指を立ててきたので、俺も苦笑して同じポーズを返してやった。


「さっ! 仲直りも住んだことだし、海遊びに戻ろっか!」喜美が張り切って言った。「涼ちゃん! 今日はとことん付き合ってもらうんだからね!」


「ああ、わかったよ。あんまり遠くには行けねぇけど、浅いとこでなら一緒に泳いでやるよ」


「よしっ! じゃあまずはいっぱい泳いで、その後は砂のお城作りね! それからビーチバレーして、砂浜で追いかけっこして……」


「……追いかけっこはよくないか? 泳いで散々運動してんだし……」


「ダメ! あたしあれ憧れてるんだからね! あたしが『捕まえてごらんなさ〜い』って言って逃げるから、涼ちゃんも『ほらほら〜、待て待て〜!』って言って追いかけるんだよ!」


「……マジかよ」


 とんだ羞恥プレイだと思ったが、今の俺に断る術があるはずもない。せいぜい人の少ない時間を選ぶしかないだろう。


「あら……ボク、また会ったわね」


 楽しいとも恥ずかしいとも言える会話に花を咲かせていると、不意に後ろから艶やかな声がした。聞き覚えのある声にどきりとして振り返る。渚さんが一人でビーチに立っていた。小麦肌のビキニ姿は何度見ても色っぽいが、努めて見とれないようにする。


「さっきのフードファイト、見てたわ。最初はボクが負けちゃうんじゃないかって心配してたんだけど……最後にはちゃんと勝って。カッコよかったわよ、ボク」


「あ、は、はぁ……どうも」


「それにあの告白も……すごく情熱的で素敵だったわ。私も聞いてて熱くなっちゃって……今も心臓がドキドキしてるの」


 流し目を送りながら渚さんがそんなことを言うので、俺の方がよっぽど心臓がバクバクする。が、すぐに隣に喜美がいることを思い出し、誘惑されてはいけないと自分を諫めた。毅然とした表情を作り、渚さんの顔を見上げて言う。


「あの……あんまり俺を誘うようなこと言わないでもらえませんか。俺、見ての通り彼女いるんで……」


「ああ……そうだったわね、ごめんなさい。あなたって可愛いから、つい、遊んであげたくなっちゃって……」


「……俺の方は遊ぶつもりはないんで。からかうなら他の奴にしてもらえます?」


「ふふ……冷たい子ね。でもそうね。男の子を見ると、つい声をかけちゃうのは私の悪い癖ね……。マイクにも、無暗にハントするなっていつも怒られて……」


「マイク?」


 聞き覚えのない名前に俺は目を細める。渚さんは微笑みながら頷いた。


「そう……。本当はもっと一緒にいたいんだけど、マイクはお店が忙しいからって、なかなか相手してくれなくて……。それで退屈しのぎにいろんな男の子に声をかけちゃうの。いけない女ね、私」


 渚さんが首を振りながら悩ましげに息をつく。話が飲み込めない俺はしばらくぽかんとしていたのだが、そのうち点が、一つの線につながった。


「あの、渚さんが言ってるマイクって、もしかしてマイケルさんのことですか?」


「そう。マイケル……。『BIG WAVE』を経営してる、私の大事なダーリンよ。言ってなかったかしら?」


「初耳です……。じゃあ、もしかして俺を海の家に誘ったのも?」


「ええ……。本当はお料理を手伝えればいいんだけど、私、不器用だから……。だから代わりにお客さんを連れて行って、売り上げに貢献しようと思ったの」


 そこまで言われてようやく合点がいった。結局俺は、ただ渚さんのカモとして目を付けられただけなのだ。色仕掛けでコロっと落ちる、馬鹿な学生として。そんなことも知らずに舞い上がっていたなんて、俺は自分が情けなくなった。


「そういうわけで、私の大事な人は他にいるから、あなたの彼氏を取るつもりはないわ。だから安心してね?」


 渚さんが小首を傾げて喜美に微笑みかける。喜美は狐につままれたような顔をして頷いた。渚さんが遊びだと知って安心した半面、彼氏が色仕掛けにはまったとわかり何とも言えない気持ちになっているのかもしれない。


「それにしてもマイクったら……いくらボクをフードファイトに誘うためだからって、他の女の子とのデートを提案するなんて……。本当、いけない人。少しお仕置きしてあげなくっちゃね」 


 そう言うと渚さんはゆっくりと海の家の方に歩いて行った。それまでスマイルを振りまいていたマイケルだったが、渚さんの顔を見るなり笑顔を凍りつかせた。例の「HAHAHA」という声を上げる気配もない。渚さんの表情は見えなかったが、きっと笑っているのだろうと思った。あの人がどんなお仕置きをするのか、見たいような見たくないような気持ちになったが、これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだと思い、俺は喜美を連れてそそくさと海の家を後にした。


 その後、マイケルの身に何があったかは知らない。どんな理由があっても女を怒らせてはいけないということを、俺はこの一日で学んだのだった。




[第17話 夏だ! 海だ! 卵かけ氷だ! 了]

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ようこそたまご食堂へ 瑞樹(小原瑞樹) @MizukiOhara

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