10−7
「はい。それではお待ちかね! 今年最初の実演調理を始めます!」俺が珠子さんの隣に座ると喜美が厨房からタイミングよく言った。
「新年初のメニューは親子丼! シンプルだからこそ逆に難しい、卵料理の王道中の王道! あたしは今年こそこれをメニューに載せることを宣言します!」
何だその政治家の所信表明演説みたいな台詞は。口調にもいつもより気合が入っているように思えるが、それだけ親子丼に懸ける意気込みが強いのだろうか。
「用意する材料は卵、鶏もも肉、玉ねぎ! 後は飾り用の三つ葉ね! 今回は2人前だから、鶏肉は1枚、玉ねぎも1個、卵は4個使っていくよ!
まずは鶏肉を切っていきます! 肉の厚い部分に横向きに切り込みを入れて開いて、火の通りが均等になるようにするよ!
それから脂肪や筋を取り除きます! 残ってると食感が悪くなるから、なるべく丁寧に取っていくよ! 大きさは一口大くらいね!」
まな板の上に鶏肉を広げ、横から見て平板になるように包丁を入れ、黄色い脂肪や白い筋を一つ一つ取り除いていく。細かい作業はそれだけで時間がかかりそうだが、喜美は手慣れているので作業のスピードも速い。
「肉が切れたら臭みを消すために料理酒をかけます! 水分が残ってると油跳ねするから、キッチンペーパーで取っておきます!
肉の準備ができたら次は玉ねぎね! 芯を取り除いて串切りにします! これも火の通りが均等になるように大きさを揃えてね! 三つ葉はざく切りにします!」
鶏肉をパットに移して料理酒をかけ、空いたまな板の上に玉ねぎと三つ葉を出してすぱんすぱんと切っていく。思わず見入ってしまうほどの軽快な包丁捌きは相変わらずだ。
「ふうん、包丁の使い方はそれなりに様になってきたやないの」珠子さんが感心した顔で言った。「昔しょっちゅう指切って泣いとった子やとは思えへんわ」
「え、そうなんですか?」俺は目を丸くして珠子さんの方を見た。
「はい。この子は元々えらい不器用でしてなぁ。つい変な方向に包丁を入れてしもうて、指に怪我をこしらえとったんどす。せやから手はいつも絆創膏だらけでしたわ」
「へぇ……意外ですね。元から手先が器用なんだって思ってましたけど」
「うちと主人は器用な方ですけど、この子には遺伝せんかったみたいどす。野菜の皮剝きかて、皮より身の方を多く剝いてる始末でしたから。そんな子が料理なんてできるんか心配やったんやけど、人は変わるもんやねぇ」珠子さんが感慨深そうに息をついた。
「もう、お母さんってば何でわざわざそんな昔の話するかなー! 終わったこと蒸し返さなくてもいいじゃん!」喜美が怒った顔で両手でまな板を叩いた。
「あらええやないの。本間のことなんやから」
「よくないよ! 料理人のくせに不器用だなんてカッコ悪いじゃん!」
「そないなことありません。あんたはようさん努力してきて、ほんで今みたいに包丁を使えるようになったんやから、きちんと胸張ったらよろしおす」
「でも……」
喜美がなおも恥ずかしそうに視線を落とす。俺は意外な思いでその顔を見つめた。
元々不器用だった人間が料理人になるには相当苦労しただろうが、喜美は今までそんな話を一切しなかった。だから俺も、喜美は最初から料理が得意なんだとばなり思っていたが、実際には並々ならぬ努力を重ねていたのだ。
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