17−5

 その後、一人で海に入る気にもなれず、俺はビーチにある木陰でぼんやりとしていた。最初は喜美を探そうとしたのだが、何せ喜美は泳ぎが速く、あっという間にビーチから遠ざかってそのうち人に紛れて見失ってしまった。俺の方は泳ぎがそれほど得意でもないので追いかけることもできず、仕方なくビーチで喜美の帰りを待つことにした。海パン姿で泳ぎもせずにぼけっとしているなんて間抜けでしかないが、自業自得だった。


「……あーあ、どうすっかな、これ」


 誰にともなくぽつりと呟く。とりあえず喜美が戻ってきたら謝るつもりだが、さっきの様子だと簡単に許してもらえるとは思わない。海の家で何か買ってこようか。でもそれも餌付けしてるみたいでかえって怒らせるかもしれない。いっそ土下座するとか? 普段なら死んでもしないだろうが、今回ばかりは仕方がないと思った。


「早く戻ってこねぇかな……喜美。これじゃ日が暮れちまうぞ」


 ほとぼりが冷めれば戻ってくるかと思いきや、30分以上経っても喜美が戻ってくる気配はない。よほど遠くまで泳ぎに行ったのだろうか。まさか、別の男と一緒にいるなんてことは……。

 ないとは言えない。体型はまな板とはいえ、水着を着た喜美は可愛かったのだ。一人でぶらぶらしてるところをチャラい海パン野郎にナンパされ、ほいほい付いていったとしても不思議はない。もしそんな光景を目撃したら、俺はそいつをぶん殴るだろうと思った。


「ねえ……ちょっと、そこのあなた……」


 ムカつく想像を巡らせていたその時、誰かが横から俺に声をかけてきた。口調からして喜美ではない。

 俺はムカつく気分を引き摺りながら仏頂面で振り向いたのだが、その人の姿を見た途端に怒りは一瞬にして引っ込んだ。


「もしかして、一人……? だったらちょっと、相手してくれない……?」


 そう声をかけてきたのは二十代後半くらいの女性だった。泳いできた後なのか。長い黒髪が肌にぺったりと張り付いている。肌は小麦色で、海水のせいか全身がしっとりと濡れていた。水着はターコイズブルーのビキニ。その鮮やかな色合いと小麦色の肌のコントラストがとてつもない色気を感じさせる。そして何より、


 俺は口を半開きにしてその女性を見つめていた。腹回りは引き締まっているのに胸とかお尻とかは綺麗に出ていて、曲線美を惜しげもなく晒した姿はセクシーとしか言いようがない。悩殺、という言葉を今ほど実感したことはなかった。


「もう……そんなにじっと見つめないで。恥ずかしいわ」


 女性が胸に片手を当てて軽く身体を捻る。そのポーズもまた色香を感じさせて、俺は鼻血が出るんじゃないかと思った。急いで鼻を押さえて女性を直視しないようにする。


「す、すいません……。そ、その、急に話しかけられて、び、び、びっくりして……」


 努めて冷静さになろうとしたものの、言葉が思いっきりどもってしまった。しっかりしろ、俺。これじゃまるで中学生みたいじゃないか。


「そう……ごめんなさいね。あなたが何だか退屈そうにしてたから、もしかしたら、私と一緒なのかしらって思ったの」


「い、一緒って……?」


「海に来たはいいけど、遊んでくれる人もいなくて、暇を持て余してる……そんな感じね。違っていたら申し訳ないんだけど……」


「い、いや、違いませんよ。お、俺、もう30分くらい、ぼーっとしてて……」


「あら、そう……。よかったら、私と少しお話ししない? 一人でいるより、二人でいた方が寂しくないでしょう?」


「そ、そ、そう、です、ね……」


 何度平常心を取り戻そうとしても言葉がどもるのを止められない。おまけに心臓もバクバクしてきて、俺はこのまま失神するんじゃないかと思った。そんな俺の様子が可笑しかったのか、女性は唇を緩めてふっと微笑んだ。


「ふふ……緊張して、可愛いのね。ボク、お名前は?」


「か、笠原涼太、です……」


「そう……。私は入江渚いりえなぎさ。せっかくお知り合いになれたんですもの。仲良くしましょうね?」


 渚さんが小首を傾げて色っぽく笑い、それからゆっくりと長い脚を曲げて俺の隣に腰を下ろした。そうして並ぶと胸の谷間がばっちり目に入ることになり、俺はまたしても鼻血が噴射しそうになった。

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