17−4

 それから20分ほど経って俺達は海水浴場に到着した。時刻は11時。午前中にもかかわらず海水浴場は人であふれかえっていて、カラフルな水着を着た人達が砂浜に密集していた。


「おおー、思ったより人多いね! みんな泳ぎたいのかな?」


 喜美が片手で庇を作りながら海水浴場を見回す。初めてみる海に興奮しているのか、その目はいつもよりきらきらしていた。


「山もいいけど、やっぱ夏と言えば海だよね! 青い海! 白い砂浜! いつもより開放的な姿で恋人達の熱も高まる! いやーロマンチックだね!」


 いつも以上にテンションの高い喜美を尻目に、俺は少し落ち着かない気持ちでいた。当たり前だが海にいるとみんな水着で、中には結構きわどいデザインの水着を着た女の子もいて、そういう子を見つけるとつい目で追ってしまいそうになる。が、人の水着に興味がないと言った手前見とれるわけにもいかず、俺は僧侶になった気分で欲求を遮断した。


「さっ、さっそく着替えよっか! 涼ちゃん! あたしの水着姿見ても鼻血出さないでよ!」


「……出さねぇよ。いいからさっさと着替えてこい」


「はーい!」


 元気よく返事をして喜美が更衣室へと走っていく。さすがにビキニってことはないだろうが、喜美がどんな水着を着るのか、俺としてもちょっと楽しみだった。




 俺の着替えは5分もかからずに済んだ。新調した深緑色の海パン姿で更衣室の外に出る。海パンなんて中学の時以来穿いていないのでちょっと恥ずかしかったのだが、周りの男もみんな海パン姿でいるのを見るとすぐに気にならなくなった。海を眺めている振りをしつつ、そわそわしながら喜美が出てくるのを待つ。


「涼ちゃん! お待たせ!」


 喜美の声が後ろから聞こえ、俺はわざと時間を掛けて振り返った。散々自慢していた水着姿がどんなものか、心して拝んでやろうとしたものの、目に飛び込んできた喜美の姿を見て俺はしばし絶句した。


「お前、それ……」


 喜美が着ていたのはワンピースタイプの水着だった。色は黄色で、柄は白の水玉模様。上半身はスクール水着みたいなUネックのタンプトップで、リボンを首の後ろで結ぶようになっている。腰から下にかけてはミニスカートみたいになっていて、ひらひらとした裾が太腿を隠していた。腹や背中に切れ込みなどもなく、露出を抑えたデザインだった。


「どれにしようか迷ったんだけどさー。あんまり肌見せるのは恥ずかしくってこれにしたんだ! どう? 似合う? 似合う?」


 喜美が身を乗り出して尋ねてくるも、俺は咄嗟に返事ができなかった。水着が似合っていないからではなく、むしろ女の子っぽい可愛いデザインが喜美によく似合っている。

 俺が絶句していたのは、喜美の体型があまりにも平板だったせいだ。普通、水着を着たらそれなりに身体の凹凸がはっきりするものだと思うのだが喜美はびっくりするほどそれがなく、胸は中に板でも入れてるんじゃないかってくらい平らだった。


「ねー、なんか言ってよ涼ちゃん! 可愛いとかキュートとかプリティとか!」


 喜美に腕をはたかれて俺はようやく我に返った。今一度喜美の全身を眺め、少しためらってから言った。


「……お前さ、一応聞くけど、水着しか着てないんだよな?」


「え、当たり前じゃん。なんで?」


「いや、ちょっと気になって……。もしかしたらサラシでも巻いてるのかと思って」


「そんなわけないじゃん! これがあたし! 喜美ちゃんのピッチピチ水着スタイルだよ!」


 喜美が大いばりで腰に手を当てて胸を張る。そんな風に強調してみても悲しくなるほど突起はない。これじゃ中学生か、下手をしたら小学生に見える。


「そっか……。まぁ別にいいけど。俺も期待してたわけじゃないし……」


「ん? 期待って、何を?」


「あ、いや、その……」


「あーわかった涼ちゃん! あたしのことまな板だって思ったんでしょ! 『散々期待させといてそれかよ』って思ったんでしょ!」


「い、いや、思ってねぇって。お前がまな板なのは前から知ってたし……」


「それフォローになってないし! うわーひどい! 涼ちゃんは女の子を胸の大きさで判断するんだぁ!」


 笑顔から一転、喜美が両手に顔を埋めてわっと泣き出す。近くにいた人達が何事かという目でこっちを見てきて、俺は慌てて喜美を慰めようとした。


「ちょ、おま、こんなとこで泣くなっての! 俺が何かしたみたいに思われるだろ!」


「実際したじゃん! せっかく張り切って水着着たのにまな板とか言って……」


「それは……その、お前が悪いんだろ。悩殺とか何とか言うから……」


「あれは女の子のちょっとした見栄だよ! 本気にした涼ちゃんが悪い!」


「んなこと言われても……」


「ふんだ! どーせ涼ちゃんもアレでしょ! どうせならおっきい方がいいとか思ってたんだしょ!」


「それは……まぁ、男なら誰でもそう思って言うか……」


「うわあああああああ涼ちゃんのバカああああああああ!」


 自分から言ったくせに喜美がますますヒートアップして泣き出す。騒ぎを聞きつけたのか、周りのギャラリーがどんどん増えてきた。ヤバい、これじゃ俺が女を泣かせた極悪人みたいに思われる。どうにかして事態を収めなければと思うものの、喜美は一向に泣き止む気配がなくますますデカい声で喚き散らしていた。


「ちょ、落ち着けって……。ほら、謝るから機嫌直せよ。な?」


「ふんだ! 涼ちゃん本気で悪いって思ってないでしょ! どーせ自分が注目されてるのが嫌だから適当に謝って終わらせようって思ってるんでしょ! そうはいかないんだからね!」


「じゃあどうすりゃいいんだよ……」


「知らない! 勝手にすれば!」


 俺が差し出した片手を喜美は払い除けると、ぷいとそっぽを向いて猛然と海までダッシュして行った。そのまま勢いよく海に飛び込み、見事なクロールを発揮してぐんぐん沖まで進んでいく。あいつ、魚並みに泳ぐの速い。そんな場違いなことに感心しながら俺は喜美を見送るしかなかった。


「……あーあ、やっちまったな」


 見世物が終わったことでギャラリーも去り、一人になったところで俺は呟いた。悪気がなかったとはいえ、喜美を怒らせてしまったことは間違いない。俺からしたら胸のデカさなんて大した問題ではないと思うのだが、喜美にとってはそうでもないんだろう。到着早々喧嘩してしまい、俺は落胆してため息をついた。

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