17−6
「ボク、今日はどうして、海に来たの……?」
「あ、えーと、その、連れが来たいって言って……」
「そう……。でも今は一人なのね?」
「あ、はい……。さっきちょっと喧嘩して、置いてかれちゃったんですよね」
「そう……。可哀想なボク。抱きしめて慰めてあげましょうか?」
「い、い、いや、その……」
「ふふ、冗談よ。可愛いのね、ボク」
渚さんに微笑まれて俺は気まずくなって俯いた。さっきからすっかり相手のペースだ。しかも名乗ったのにボクって。完全に子ども扱いされてると思ったが、実際ガキみたいな反応しかできないのが悔しかった。とりあえず話題を逸らそうとする。
「い、入江さん、は、一人で海に来たんですか?」
「あら……嫌だわ、入江さんだなんて。渚って呼んでちょうだい?」
「な、渚……さんは、一人で海に?」
「そう、誰も相手してくれる人がいなくて……。寂しい女なの、私」
「い、意外ですね。な、渚さんなら、す、すぐに男、捕まえられそうですけど……」
「そうでもないわ。素敵な男性にはみんな彼女がいるもの。いないのは……そう、あなたぐらいかしらね」
そう言うと渚さんはゆっくりと俺の方を向き、ぐっと身体を近づけてきた。胸の谷間が顔の前に迫って息が止まりそうになる。
こ、これ、新手のナンパ? 突然のことにパニックに陥っていると、渚さんが甘い声で囁きかけてきた。
「ねぇ……ボク、よかったら、お姉さんと遊んでくれない?」
片手で髪を耳に掻け、その手を渚さんが俺の方に伸ばしてくる。頬に触れた指先からはシャンプーの香りがして、俺は酒でも飲んだように頭がくらくらした。おいおい、これはヤバいって。早く自制心を取り戻さないととんでもないことになっちまう。こっちを覗き込む渚さんの顔や胸を直視しないようにしながら、俺は返事をしようとした。
「りょおおおおおおおおおおちゃん! なあああああああああああああにやってんの!」
聞き慣れた声が鼓膜を貫いたのはその時だった。弾かれたように身を引いて振り向く。身体から海水を滴らせた喜美が、拳をわなわなと震わせて俺を睨みつけていた。
「そろそろ許してあげようと思って戻ってみたら、こんな、こんな……!」
続く言葉は声にならず、喜美は怒りをぶつけるようにぶんと拳を振り下ろした。それを見て俺は思わず額に手を当てた。早く戻ってきてほしいとは思っていたが、このタイミングは最悪だ。
「ち、違うんだ喜美。これは誤解で……」
「何が違うのさ! あたしがいなくなった途端に水着のおねーさんとイチャイチャして!」
「だから誤解だって……。この人はその、たまたま知り合っただけで……」
「たまたま知り合った人とあんなにいい感じになってたわけ!? 涼ちゃんってば女の子だったら誰でもいいの!?」
「い、いやだから、そういうことじゃなくて……」
「もういい! 聞きたくない!」
喜美はぷいと顔を背けると、俺に背を向けて砂浜をダッシュして行ってしまった。立ち上がって追いかけようとするも砂に脚を取られて転んでしまい、起き上がった時には喜美の姿は見えなくなっていた。
「あーあもう、何でこうなるんだよ……」
顔や身体に付いた砂を払いながら俺は大きくため息をついた。今回の件も自業自得ではあるのだが、にしたってタイミング悪すぎだろと呪いたくなる。
「ボク……ごめんなさいね。私、彼女がいるなんて知らなくて……。悪いことしちゃったかしら」
様子を見守っていたらしい渚さんが申し訳なさそうに声をかけてくる。俺は恨み言をぶつける気にもなれずにかぶりを振った。
「いや、いいんです。俺がちゃんと言わなかったのが悪いんですから」
「そう……。ならせめて、お詫びをさせてくれない? この先に海の家があるから、よければ何かご馳走するわ」
「……いや、いいです。これ以上誤解されたくないんで」
きっぱりと断ってその場から離れる。渚さんはそれ以上追ってこなかった。最初からこうすればよかったんだと思ったが、すでに後の祭りだった。
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