17−7

 渚さんと別れ、俺は当てもなくビーチを歩いていた。喜美がいないか探してみるが、午後になってまた人が増えてきたのか、なかなか姿が見つからない。もしかするとまた海に入ってしまったのかもしれない。同じ場所に来ているのに一緒にいられないなんて、今日のデートは散々だなと俺はため息をつきたくなった。


 当てもなくビーチを歩いていると、前方からいい匂いが漂ってきた。見ると、外にプラスチックのテーブルと椅子を並べた白い木造の建物がある。海の家のようだ。店先では、買ったばかりのイカ焼きやかき氷を立ったまま食う親子や友達連れの姿がある。それを見ていると俺は無性に腹が減ってきた。


「……歩き疲れたし、なんか食って休むか」


 金は首から提げるタイプの防水ケースに入れて持ち歩いている。焼きそば一皿くらいだったら買えるだろう。


 俺は店の方に近づいていった。ちょうど客が掃けたところらしく、店員の男性が鉄板の上でとうもろこしを焼いていた。


「あの、すいません……」


 そろそろと俺が声をかけると男性が勢いよく顔を上げた。二十代後半くらいの男性で、青地に黄色い花柄のアロハシャツに白いハーフパンツ、サンダルといういかにも海らしいファッションをしている。腹は健康的に日焼けしていて、アロハシャツの胸からは逞しい胸板が覗いていた。髪型は金髪に近い茶髪で、目はビー玉みたいに青い。外国人かハーフだろうか。


 男性はとうもろこしを焼く手を止めて俺を見たが、すぐに白い歯を見せてにかっと笑った。


「ヘイ、ボーイ! オーシャンハウス『BIG WAVE』にようこそ! フレッシュなシーフードからコールドなスイーツまで、デリシャスなメニューが何でも揃ってるぜ! こいつをイートすればエネルギーマックス! スタミナ付けてサマーオーシャンをエンジョイしようぜ!」


 男性が親指を立てながら陽気に声をかけてくる。英語混じりの口調はやたらテンションが高い。漫画なら背景に「HAHAHA」っていう文字が浮かんでいそうだった。


「メニューは見るかい? 俺のお勧めはオクトパス・ホール! つまりたこ焼きさ! 8個で500円がレギュラーだけど、今なら1個プラスしちゃうよ!」


「あ、えっと、焼きそばはあります?」


「焼きそば。つまりフライド・ヌードルだね! もちろんあるよ! 一皿600円がレギュラーだけど、今ならもう一皿プラスしちゃうよ!」


「い、いや、一つでいいです。さすがに二皿も食えませんし……」


「おや、そうかい? ボーイ、君にガールフレンドはいないのかい?」


「ええ、まぁ……」


「チッチッチ、いけないなボーイ。夏の海でアローンだなんて。せっかくラブリーなギャルがこんなにたくさんいるんだ。ここは一つハントしてみたらどうだい?」


「ハントって……ナンパってことですか?」


「イエス! サマーオーシャンでは誰もがオープン! 開放的になってるからね! 普段はガードの堅いガールだってきっとノッてくると思うよ!」


「はぁ……。いや、でも俺はいいです。こう見えても彼女はいるんで」


「おや、そうなのかい? でも一緒にはいない……。ははぁ、わかったぞボーイ! さてはガールフレンドとファイト! ケンカしたな?」


「はぁ、まぁ……」


「ダメだぞボーイ! ガールフレンドは大事にしなくては! ガールフレンドをアングリーさせたらすぐさまソーリー! つまり謝るのが男のルールだよ!」


 男が人差し指を振りながら滾々と説教を垂れてくる。初対面のくせに何なんだこの暑苦しい絡みは。焼きそばを買うのを止めようかとも思ったものの、腹の虫には勝てなかったので我慢する。


「……俺のことはいいですから、とりあえず焼きそば一つください」


「オーケーオーケー! すぐクックするからウェイトしてくれよ!」


 男が白い歯を見せて笑い、ようやく話を止めて焼きそばを焼き始める。鉄板からじゅう、という音と共に香ばしい匂いが漂ってきて、俺も少しだけ機嫌を直した。


「ヘイ、できたよボーイ! 『BIG WAVE特製・真夏のフライド・ヌードル』だっ!」


 男が揚々と言いながら紙皿に乗せた焼きそばを差し出してくる。出来たての焼きそばには鰹節や青のりがたっぷりかかっていて、ソースの匂いと相俟って食欲をそそる。どの辺が「特製」でどの辺が「真夏の」なのかはわからなかったが、突っ込むのも面倒なので何も言わずにおいた。

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