11−10

「でも変ですね。何で店がそんなに苦しいのにバイトなんて雇ったんでしょうか。あいつ、前は1人で店回してたんですよね?」


「あぁ。いつも目が回るくらい忙しそうだったが、それでも楽しそうだったよ」


「なら今だって1人でやれたはずですよね? なのに何で……」


 そもそも店は閑古鳥が鳴いている時間の方が多かった。忙しいならまだしも、暇な状況でバイトを雇う必要なんてなかったはずだ。なのになぜあいつが自分の首を絞めるような真似をしたのか、どう考えてもわからない。


 本田さんはすぐには答えなかった。渋い顔で腕組みをし、俺をしばらく見つめた後、おもむろに口を開いた。


「……たぶんだけど、喜美ちゃんはお前さんと一緒にいたかったんじゃねぇか」


「俺と?」


「あぁ、あの子はお前さんのことが好きだった。お前さんをアルバイトで雇えば、一緒にいる時間を増やせるとでも思ったんじゃねぇのか」


 ぽかんと口を開けて本田さんを見返す。あまりに予想外の可能性を聞かされ、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。


「い……いや、さすがにそれはないですよ……。だって店が潰れかけてんのに……」


「だからこそ、だよ。この店は喜美ちゃんにとって自分の子どもみたいなもんだ。潰すのはもちろん嫌だろうが、どうせ潰れるなら、最後にそこで思い出を作りたかった。だからお前さんを雇ったんだよ」


「そんな、こと……」


 否定したかった。でもできなかった。思い当たることがあまりにも多すぎた。

 バイト募集の話は張り紙ではなく、喜美から直接伝えられる形で知った。昌平しょうへいを雇えばいいといった俺に対し、喜美は店に馴染んでいる人間の方がいいといった。あの時からすでに、喜美は俺を指名していたのだ。


「じゃあ何だよ……。あいつ、俺を雇った時から店が潰れるってわかってたのか? 俺にはそんなこと一言も言わなかったのに……」


 握り締めた手が自然と震える。押し切られるような形で雇われた9月のあの日、あいつはいつも通りバカみたいに明るかった。その後、俺がバイトを始めてからも閉店のことなんか一言も口にしないで、いつでもバカみたいに笑っていた。

 でも実際には、あの笑顔の裏で、毎日店の先行きを案じていたというのか。


「何で言わねぇんだよ、そんな大事なこと……! あんなバカみたいなことばっか言ってる暇あったら……他に話すことあっただろ……!」


 会えば必ず冗談を言って、面倒くさい絡みをしてきて、それが喜美だと思っていたのに、実際にはそれはあいつの一面でしかなかった。明るさの裏側に、人知れずいろいろなものを抱えていた。


「何で……、全部一人で解決しようとすんだよ……!」


 店を開いた時からそうだったのだろう。いつでも明るく元気で、辛い顔なんて少しも見せない。卵粥だけじゃない。あいつは絶対に人の手を借りようとしない。

 それが悔しかった。こんなに近くにいたのに何も気づけず、頼られることもなかった自分が惨めだった。

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