9−6
「でも意外。涼ちゃんってカフェとか行くんだね」
「何だよ、男がカフェ行っちゃ悪いのか?」
「悪くないけど、男の子同士だったら恥ずかしいとか思いそうなのに」
「まぁ男同士じゃなかったからな」
俺は皿を拭きつつ答えたが、喜美が急に静かになったのに気づいて顔を上げた。喜美は口を半開きにしたまま俺を凝視している。
「涼ちゃん……まさか……女の子とカフェ行ったの……?」
喜美が掠れた声で尋ねてくる。そこで俺はようやく地雷を踏んだことに気づき、自分も顔が凍りつきそうになった。逃げるように皿を持って食器棚に向かうがその前に喜美に手首を摑まれる。
「答えてよ涼ちゃん! ね、その女の子とどういう関係なの!?」
「どうって……別に何もねぇよ。ただの友達だよ」
「本当に!? でもその割になんか慌ててない!?」
「あ……慌ててねぇよ。早く皿片づけたいだけだ」
「あーやーしーい。まさかさっき考えてたのもその女の子のことじゃないよね!?」
「ち……違う」
「ホントに!? あたしの目を見て言える!?」
喜美がずいと俺に顔を近づけてくる。俺は目を逸らすこともできず、皿を落とさないように立っているのがやっとだった。そしてこういう時に限って客は来ない。
「……はぁ、まぁそうだよね。涼ちゃんだって男の子だもん。彼女の1人や2人いたっておかしくないよね」
黙ったままでいる俺を見て何かを察したのか、喜美が悲しげに顔を背ける。俺は心苦しさを感じつつも言った。
「……その、誤解しないでほしいんだけど、その子は本当に彼女でも何でもないんだよ。少なくとも今は関係ない」
「ホントに?」
「うん。そうじゃなかったら例の件もさすがに断ってるよ。俺二股かけられるほど器用じゃないしな」
「そっか……。ならよかった。でも、なんかちょっと現実見た気分」
「現実?」
「うん。涼ちゃんって全然女っ気ないから、ひょっとしたらずっと彼女いなかったのかなって思ってたんだけど……。でもそっか……。前はいたんだね……」
寂しげに息をつく喜美の表情からは先ほどまでの元気さは失われている。俺はその反応を見て、もしかして喜美の方はずっとフリーだったのかもしれないと思った。
「……前のことは関係ないかから。例の件だって考えてるし。ただ、その……返事するのはもうちょっとだけ待ってほしいんだけど」
「うん、わかった。ありがとね、ちゃんと考えてくれて」
目を細めて笑う喜美の顔が泣きそうに見えて、俺は急激に罪悪感がこみ上げてきた。
礼を言われる筋合いなんてない。本当なら今この場で返事をすべきなのに、何かと言い訳をして結論を先延ばしにしている。殻を割るなんて言ってみても、全然本心と向き合えずにいる。
「さっ、それより仕事仕事! 明日の仕込みもしとかなきゃだね!」
喜美が気を取り直すように言ってエプロンの紐を結び直す。元気さをアピールするような言動がかえって痛々しくて、俺は気詰まりになって顔を背けた。
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