9−7
翌日から喜美はさっそくキッシュの製作に取りかかり始めた。さすがの喜美もスイーツは作り慣れていないらしく、しばらく練習してから店に出したいという話だった。クリスマスには間に合わせるべく、食堂が閉まっている14時から17時の時間を利用して製作に励む。
ただし俺がその様子を見ることはなかった。『人前に出せる状態になるまでは企業秘密』ということで、昼のシフトを外されてしまったのだ。
夜のシフトに入った時に進捗状況を尋ねてみても、「女の子と一緒で熟成には時間がかかるんだからね!」というよくわからないことを言われて煙に巻かれた。一緒に店にいる時も喜美は1人でぶつぶつ言いながら何かを考えており、面倒な絡みをしてこなくなった。喜美と気まずい時間を過ごさずに済むことを俺は喜びながらも、少し肩透かしを食らっていた。
そんなこんなで1週間が経ち、ついにクリスマス当日を迎えた。街はイルミネーションでいっそう煌びやかになり、カップルの姿も増えている。中には道で堂々と抱き合ったりキスをしたりといったカップルもいて、俺は家でやれよと内心文句言いたくなった。
いちゃつくカップルを尻目に俺はたまご食堂へ向かっていた。今日のシフトは夕方からの予定だったが、『キッシュが完成したから試食してほしい』と喜美に言われ、割増賃金を払う約束で急遽シフトを前倒しすることになったのだ。
クリスマス仕様なのか、店の入り口にはリースが飾られていた。中に入ると、店内にも金色のモールが飾られており、いつもは質素な食堂が華やかに見える。
「お、涼ちゃんいらっしゃい!」
喜美がカウンター越しに厨房から笑顔を振り向けた。やはりクリスマス仕様なのか、赤と緑のリボンで髪を2つ結びにしているが、さすがにサンタの帽子は被っていない。
「いやーやっぱクリスマスはいいね! 外はイルミネーションで綺麗だし、ケーキとチキンが好きなだけ食べられるってのも最高だよね!」
「まぁな。その分カップルも多くてうっとうしいけど」
「お? 涼ちゃんってば妬いてる? 何で俺は一緒に過ごす相手がいないんだって?」
「別に妬いてねぇよ。そもそもクリスマスとか興味ないし」
「えー、せっかくの年に一度のお祭りなんだよ? もっとテンション上げて楽しまなきゃ!」
「お前は普段からテンション高いだろ。それ以上上げたら夜になる前にバテるぞ」
「大丈夫大丈夫! 途中でガス欠しないように、朝ご飯にローストチキン丸々1個食べてきたからね! デザートにケーキも3つ食べたし、夜までエネルギー十分!」
そういえばこいつは見た目に似合わず大飯食らいだった。にしても朝からローストチキンにケーキとは、聞いてるだけで胸焼けしてくるメニューだ。
「で、肝心のキッシュはできたのか?」カウンターに座ってダウンジャケットを脱ぎながら俺は尋ねた。
「もっちろん! いやーお菓子ってあんまり作ったことないから最初は苦労したけど、そこはさすがあたし! 何回作ってたらすぐ手順覚えちゃったよ!」
「へぇ、そりゃすごいな。味の方はどうなんだ?」
「そっちもバッチグーだよ! パティシエに転職できるんじゃないかってくらい」
「へぇ……。まぁ、どれくらい美味いかは実際食ってみないとわかんないけどな」
「ほっほーう? 涼ちゃんってばあたしの腕を疑ってるわけ?」
「料理できるからって菓子も作れるとは限らないだろ。菓子の方が分量とか細かくて難しそうだし」
「まぁ見てなさいって! 喜美ちゃんサンタが最高のキッシュをプレゼントしたげるからさ!」
喜美が自信満々な様子で胸を張る。これだけ自信があるということは練習でも相当上手くできたのだろう。俺は少し楽しみになったが、努めてそれを顔に出さないようにした。
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