8−6
「ちょっと涼太、あんた本当にあの子とどういう関係なの?」
一難去ってまた一難。さっそく姉ちゃんが俺を詰問してきた。俺は猫に追い詰められた鼠みたいな気持ちになって縮こまった。
「どうって……店長と従業員だよ。それ以上は何もない」
「本当に? だってあの子、明らかにあんたに気がある感じじゃなかった? さっきもあたしのこと将来のお義姉さんとか言って……」
「あれは冗談だ。あいつは紛らわしいこと言って人をからかうのが好きなんだよ」
「そうなの? あたしてっきり、あの子があんたのこと好きで、あんたと一緒にいたくてバイト誘ったと思ったんだけど」
うわ、全部バレてる。これが女の勘ってやつか。でも喜美が俺に告白してきたことまでは気づかれてなさそうで安心した。
「さぁ、あいつが何考えてるかは知らないけど……あんまり詮索しない方がいんじゃないか? あいつも根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だろうし」
「……それもそうね。初対面で突っ込んだこと聞くのも失礼だし、今日はオムレツだけ食べて帰ろっかな」
姉ちゃんが納得した顔で頷く。よかった。これで何とか嵐は免れそうだ。俺はふうっと息をつくと、時間潰しをするべく鞄からスマホを取り出そうとした。
「はーい! お待たせしましたー! 喜美ちゃんの実演調理のお時間でーす!」
いきなりデカい声がしたかと思うと、厨房のカーテンが開いてスタンバイした喜美が現れた。不意打ちを食らう格好になった俺はスマホを取り落としそうになった。
「実演調理? そんなのあるの?」姉ちゃんが喜美に尋ねた。
「はい! うちは調理の過程からお客さんに見てもらうことにしてるんです! その方が食べる時のワクワク感が増えると思うんで!」
「へえ、面白そうね。あたしの勉強にもなりそう」
「はい! ご家庭でも作れるように、失敗しないポイントも一緒に教えますから!」
「本当? サービスいいわね。じゃ、有難く教えてもらおうかな」
姉ちゃんはすっかり乗り気になってカウンター席へと移動する。俺は興味ない顔をしてテーブル席に留まろうとしたが、姉ちゃんは当然のごとく俺を連行した。
「はい! じゃあさっそくプレーンオムレツを作っていきますね!」喜美が張り切って言った。「用意するのはフライパンと卵だけ! で、このフライパンが大事なんですけど、オムレツ作る時のフライパンって何センチくらいがいいと思いますか?」
「えー……全然わかんない」姉ちゃんが顔をしかめた。「そもそも普段使ってるのが何センチかも知らないし……」
「たぶん24か26センチくらいだろ」俺は言った。「一般的な家庭で使うサイズがそれくらいだから。逆に1人暮らしだったら18センチくらいで十分だな」
「あんたそれ、あたしへの当てつけのつもり?」姉ちゃんがじろりと俺を睨んだ。「あたしより自分の方が調理器具に詳しいって?」
「いや、別にそういうつもりじゃ……」
「うんうん、これもあたしの教育の賜物だね!」喜美が満足そうに頷いた。「まぁそれはともかく、オムレツを作るのには小さめのフライパンを使います! 1人前だと、さっき涼ちゃんが言った18センチのフライパンがちょうどいいです!」
「でも、何でわざわざ小さいのを使うの?」姉ちゃんが尋ねた。「大きい方が他の料理にも使えて便利だと思うんだけど」
「大きなフライパンだと広がり過ぎて、卵が薄くなっちゃうんです。で、薄くなるとその分水分が蒸発するスピードが早くなって、卵に一気に火が通っちゃうんですよね。だから焦げたり固くなったりしやすいんです!」
「へえ、大きさ一つでそんなに違いがあるのね」
「そうなんです! ついでに言うと、素材は鉄製じゃなくてテフロン加工のものがいいです! その方が断然剥がしやすいですからね!」
「鉄製じゃなくてテフロンね。うちになかったら買わないと……。ちょっと涼太、あんた携帯でメモしといてよ」
「何で俺が……」
「あたしは見るのと聞くのに集中したいの! いいからさっさとする!」
姉ちゃんに凄まれて逆らえるはずもない。俺は渋々スマホに「テフロン、18センチ」と打ち込んだ。
「で、フライパンを用意したら、さっそく卵を割っていきますね!」喜美が何も見なかったように続けた。「1人前だと3個ですね。ボウルに割り入れたら塩胡椒を入れて、黄身と白身が均一になるまでホイッパーでしっかり混ぜていきます! この辺りは卵焼きと一緒ですね!」
「混ぜ方が足りないと、焼いた時に色がまだらになるんだったな」俺は言った。
「そう! それと混ぜ方にもコツがあるんだけど、何だったか覚えてる?」
「確か……ホイッパーをボウルの底につけて泡立てないようにするんだっけ。泡立てると膨張する成分が卵白の中にあって、それが膨張するとでこぼこになって食感が悪くなる」
「そのとーり! 涼ちゃんってばちゃんと料理のイロハをわかってるじゃない! さっすがあたしが見込んだ男!」
喜美が卵を混ぜながらさも嬉しそうに言う。俺は舌打ちをして目を逸らした。まんまとあいつのペースに乗せられてしまったようで無性に腹が立つ。
「卵液がサラサラになるまで混ぜたら、水分量をちょっと増やすために牛乳を入れます! その後で1回濾し器で濾してさらに卵液を滑らかにします!」
「混ぜるだけなのにそんなに手間かけるの?」姉ちゃんが訝しげに尋ねた。「ホイッパーとか濾し器とか、わざわざ使うの正直面倒なんだけど」
「うーん、そおですねぇ。その方が滑らかにはなるんですけど……もし手間なら菜箸で混ぜるだけでもいいですよ! でもしっかり混ぜるのは忘れないでくださいね!」
「卵黄と卵白を均一に、だったわね。涼太、ちゃんとメモしてる?」
「してるよ。つーか手間かかるの嫌なら最初から料理なんてすんなよ」
「手間かけるのがいいとは限らないでしょ? あたしは手軽でかつ美味しい料理を作れるいい女を目指すんだから」
姉ちゃんが得意げに鼻を鳴らす。出汁巻きをスクランブルエッグにする人間が何言ってんだか。
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