9−4
クリスマスが近いからか、カフェの店内はやはりカップルが多かった。みんな思い思いにお喋りをしたり、ケーキをシェアしたりして楽しんでいる。この中にいると俺達もまだ付き合っているように見えるのかと思うと、妙な気まずさがこみ上げてくる。
「にしても、今日涼太に会うなんて思わなかったな」
香織がレモンティーを啜りながら言った。他のカップルには興味がないのか、窓の外に視線を向けている。
「そりゃこっちの台詞だよ。しかもいきなり誘ってくるからびっくりしたし」ホットコーヒーを啜りながら俺は言った。
「だって久しぶりに会ったんだしさ。いろいろ話したいと思ったんだよ」
「いろいろ、なぁ……。俺の方は大して話すことないけど」
「そう? 1年も会ってなかったんだから、何かしら変わってるんじゃないの?」
「そう言われてもなぁ……。ゼミは来年からだし、サークルも入ってないし……」
「じゃあバイトは? 涼太、確かコンビニのバイトしたいって言ってたよね。今はやってるの?」
「あー、ちょっと前までやってたけどもう辞めた。今は飲食やってる」
「飲食? へぇ、意外。涼太接客とか嫌いそうなのに」
「嫌いだけど、知り合いに誘われたからしょうがなくやってる。今も向いてるとは思ってないけどな」
「へー、ちょっと興味あるな、涼太の接客。今度行ってみようかな」
「止めろ」
思ったより強い声が出て自分でも驚いた。香織は目を丸くしたが、すぐに元の冷めた顔に戻った。
「それよりお前の方はどうなんだよ」俺は話題を逸らそうと言った。「この1年で何か変わったことあったのか?」
「んー、あたしも大して変わってないかも。強いて言うなら新しい彼氏ができたくらい」
さらりと今彼の話題を持ち出されて俺はコーヒーを吹き出しそうになった。唾を飲み下してむせ込みそうになるのを堪え、努めて冷静さを保って尋ねる。
「あ……彼氏できたんだ。同じ大学の人?」
「うん。サークルの先輩で、1か月くらい前に告白されたんだ」
「へぇ……よかったな。いい人見つかって」
「うん。でも、正直あんまり上手くいってないんだよね」
「そうなのか? 何で?」
「束縛強くてさ。あたしがどこで何してるか全部把握してないと気が済まないの。LINEもちょっとでも返信遅れたら怒るし」
「それは……確かにうっとうしいな。こっちも都合あるのにさ」
「そうそう。その前にも別の男と付き合ってたんだけど、そいつも似たような感じだったんだ。あたしって男見る目ないのかな」
「さぁ……俺に聞かれても」
居心地悪そうに尻を動かす。元カノの男性遍歴を聞かされることほど気まずいことはない。
「まぁでも、今の彼氏とは別れるつもり。向こうもあたしじゃ不満みたいだし、たぶんすぐ別れられると思う」
「ふーん、よかったな。変にこじれなさそうで」
「うん。でもさ、そういう変な男とばっか付き合ってるとさ、涼太は貴重だったなって思うんだよね。束縛しないし、一緒にいて楽だったし」
「……はぁ。それで?」
「それでさ、できたらやり直したいなーとか思ったんだけど、無理かな?」
小首を傾げ、黒髪を揺らしながら香織が尋ねてくる。カップを口に運んでいた俺は思わず手を止めて香織を凝視した。その表情はいたって真面目でからかっている様子はない。
「いや、ちょっと待てよ……。急にそんなこと言われても困るんだけど……」
「困る? 何で? もしかして今彼女いるの?」
「いや、いないけど……」
「じゃあ好きな子がいるとか?」
「それもいないけど……」
「なら問題なくない? 別に仲違いして別れたわけじゃないし」
「そうだけど……にしても唐突すぎるだろ。1年ぶりに会った相手により戻したいとか言われても……」
「別にすぐ返事してとは言ってないよ。家帰って考えてからでいいから」
俺が何を言っても香織は引きそうにない。冷めているようで意外と粘る奴だ。
「涼太はさ、あたしのこと嫌い?」
「いや、嫌いってわけじゃないけど……」
「じゃあ好き?」
「さぁ……1年会ってなかったしわからん」
「あたしは涼太のこと好きだよ」香織がさらりと言った。「何となく自然消滅しちゃったけど、実はずっと気にしててさ。どっかで会えないかなって期待してたんだ」
ごく自然な口調で言い、レモンティーをストローで吸いながらちらりとこちらを見上げてくる。直球の台詞にそんな仕草を合わせられると正直心がぐらついてしまう。
「まぁ今すぐ結論出さなくていいからさ、ゆっくり考えてみてよ」
「はぁ……まぁ一応考えてみるけど、いつ返事できるかわかんねぇぞ」
「大丈夫。あたし気は長い方だから待ってられるし。あ、でも……」
「何だよ」
「できたらクリスマスまでには返事ほしいかも。もし上手くいったら2人で過ごしたいしね?」
ふっと微笑み、両手で頬杖をついて上目遣いに俺を見上げてくる。いや、その台詞にそのポーズは反則だろ。俺は動揺をごまかそうとコーヒーを啜るが、なぜか全く味がしない。香織はそんな俺の反応を楽しむように微笑みながら、レモンティーをストローでかき回している。
香織とのやり取りを頭の中で反芻しながら、俺は喜美のことを考えていた。あいつへの返事もまだしていないのに、さらに告白を受けることになるとは思わなかった。端から見ればモテているように見えるかも知れないが、実際には悩みの種が増えただけで少しも嬉しくない。
胃の辺りが重くなるのを感じながら、俺はぬるくなったコーヒーを啜った。
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