14−10
「……でも、今日はありがとね、涼ちゃん」喜美が急に声を潜めて言った。
「ありがとうって、何が?」
「お店来てくれたこと。ほら、涼ちゃんってバイト以外であんまりお店来ることないでしょ?」
「あぁ……まぁ週3でバイト入ってるし、そんな頻繁に来なくてもいいかなと思って……」
「うん。まぁそれはそうなんだけど、あたしとしてはさ……もっといっぱい来てくれた方が嬉しいんだよね。やっぱりほら、好きな人には、なるべく、会いたいから……」
喜美がもじもじしながら顔を赤らめる。二人きりになった途端にしおらしくなる喜美が俺はいじらしくてたまらなかった。いっそこのまま抱きしめてやりたくなるが、そんな場面を昌平に見られたら後で何を言われるかわからない。だから抱きしめるのはぐっと堪えて、代わりにこう言うことにした。
「……わかった。じゃあ、今度からはなるべくバイトない日も来るようにする。まぁ俺もそんなに金ないから、毎日とかは無理だけど……」
「あ、わかってるよ! そんな無茶言わないから! ホントにたまにでいいから! 涼ちゃんだってあたしの料理ばっか食べてたら飽きるでしょ!?」
「んー……どうだろう。お前の料理だったら毎日でも食いたいけど」
言ってすぐに、何かこれってプロポーズみたいじゃね? と思って恥ずかしくなる。喜美も同じことを考えたのか、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「じゃ、じゃあ、バイトなくても時々来てくれると嬉しいな……。お金厳しかったら払わなくてもいいから……」
「……そういうわけにはいかねぇだろ。来る以上はちゃんと払う」
「あ、そう? じゃあホントに無理しないくらいでいいよ。あ、それと……来てくれるなら時間は遅めの方が嬉しいかも。その方が……ほら、お客さん少ないし……ね?」
「……うん」
「他にお客さんいたら無理だけど……誰もいなかったらメニューにないものでも作ったげるし。卵料理じゃなくても、涼ちゃんの好きなもの、何でも……」
「……うん。でもお前の方こそ無理しなくていいからな。俺は……その、お前に会えるだけで十分だから」
あぁ、ヤバい。俺今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってる。自覚はあるものの撤回しようとはしなかった。付き合ってる以上は前みたいに意地張ってるばっかりじゃダメだ。死ぬほど恥ずかしくても、思ってることはちゃんと伝えなくちゃいけない。
「そ、そっか……。よかった。じゃあえっと……次会うのは明後日だっけ?」
「バイトはそうだな。でも明日も特に用事ないし来るよ。とん平焼きちゃんと食いたいしな」
「わかった! じゃあ今日よりもっと美味しいの作ったげるね!」
ようやく調子を取り戻したらしい喜美がにっこり笑う。しおらしい態度もありだが、やっぱりこいつには笑顔の方が似合う。
「涼太お待たせー。そろそろ行くか?」
トイレから帰ってきた昌平が声をかけてくる。俺は「おう」と言って立ち上がった。喜美も立ち上がってとてとてとレジの方に駆けていく。
俺も喜美もいつも通りだったので、たぶん昌平は俺達が普通に話をしていただけだと思っただろう。付き合っても全然前と変わらないことを不思議がり、もっとラブラブイチャイチャしろよと
でも実際には、人に見せないだけで俺達の関係は着実に変化している。わかりやすくのろけるわけでも、人前で堂々とイチャイチャするわけでもないけれど、お互いが思っていることを隠さずに伝え合うくらいには進歩している。
そうやってぎこちなくても関係を重ねていれば、人から見てもわかるくらいに親密さも増していくかもしれない。そうなったらなったでまた冷やかされるかもしれないが、その時は逆に開き直ってやればいい。
俺は妙にすっきりした気持ちになると、口元を緩めてレジを叩く喜美を見つめた。
[第14話
こころも満腹、とん平焼き 了]
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