6ー3
10分ほど歩いたところで、商店街の中に洋食レストランを見つけたのでそこで食事を取ることにした。ハンバーグやナポリタンなど定番メニューが並ぶ中、俺の目は自然とオムライスの方に惹きつけられた。小林さんの手前注文するか迷ったが、誘惑に抗えずにケチャップオムライスを注文する。
「オムライスが好きだなんて、笠原君って意外と可愛いところがあるのね」
注文を終え、店員が去ってから小林さんが声をかけてきた。やはり突っ込まれたか、と内心気恥ずかしさを感じながらも、ここは潔く開き直ることにする。
「いいじゃないですか。男がオムライス食ったって。好きなものは好きなんだから」
「そうね。人の好きなものに、他人がとやかく言う筋合いはないわよね」小林さんはあっさり頷いた。
「本当に好きなものがあるなら、堂々とそれを好きだって言えばいい。でもどうしても恥ずかしさが買っちゃって、素直に好きって言えないことがあるのよね」
「……そうですね。俺も友達の前じゃオムライス頼みませんし」
実際のところ、人が何を注文しようが他の奴は大して気にしていないのかもしれない。ただ俺が、自分のキャラとして『オムライス好き男子』みたいに思われるのが嫌なのだ。
「そうよね。特に笠原君くらいの年頃の子だと、どうしても人前でカッコつけたくなっちゃうものね」小林さんがふっと微笑んだ。
「でもね、それって何もオムライスに限った話じゃないと思わない?」
「どういうことですか?」
「さっき、笠原君が気になってる子の話をしたでしょう? その子についても同じなんじゃない? 本当はその子のことが好きなのに、意地張ってそれを素直に認められないの」
俺はまじまじと小林さんを見つめた。オムライスの話をしていたはずなのに、いつの間にか恋愛の話にすり替えられている。この人、かなりのやり手だ。
「……だから誤解ですって。俺、あいつのことは本当に何とも思ってません」俺は極めて不機嫌そうな顔を作って言った。
「そう? でも『あいつ』なんて呼び方するってことは、かなり仲良いんじゃないの?」
「向こうが勝手に寄ってきたからそうなっただけです。俺が仲良くしたいと思ってるわけじゃありません」
「なあんだ。つまらないの」
小林さんが明らかに不満そうな顔になる。もしかしてこの人、この話をするために俺を飯に誘ったんだろうか。
「でも、向こうはどうなのかしらね」小林さんがなおも言った。
「自分から寄ってきたってことは、笠原君に気がある証拠じゃないの?」
「さぁ……どうなんですかね。確かにそれっぽいことは言われましたけど、あんまり本気とは思えなくて……」
「あら、どんなこと言われたの?」
小林さんが興味津々な様子で身を乗り出してくる。しまった、この人が食いつきそうな餌を撒くんじゃなかった。適当にお茶を濁そうとも思ったが、話好きな主婦を相手にはぐらかせるとも思えない。しばらく迷った挙句、俺は諦めて話すことにした。
「……そいつ、食堂の店長をしてるんですけど、7月に誘われて一緒にフードフェスに行ったんです。その別れ際にいきなり好きだって言われて。でもそれがムードも何にもない状況で、その後会った時も普通だったから、ただの冗談だったのかと思って……」
「へぇ。それで笠原君は1人でやきもきしてたってわけ。 気を持たせるだけ持たせて焦らすなんて、その子、なかなかの小悪魔ちゃんね」
小林さんが両手で頬杖を突いて楽しそうに笑う。俺は憮然としてお冷を飲んだ。
「でもひょっとしたら、その子も照れくさかったのかもしれないわね」小林さんが急に真面目な顔になった。
「勇気を出して告白してみたはいいけど、後から思い出すと恥ずかしくなって、それで普段通りに振る舞ってなかったことにしようとしてるのかも」
「でも、あいつはそんな恥じらうようなタイプには見えないですけど……」
「女の子は見かけによらないものよ? 今までだって、実は笠原君がお店に来るたびにドキドキしてたんだけど、それを隠すために自然体を装ってたのかもしれないわ」
俺は今までの喜美の言動を思い出してみた。いつも底抜けに明るくて、何かにつけて冗談ばかり飛ばしていた喜美。でも実はその裏で常に緊張していて、俺に話しかけるたびに勇気を振り絞っていたのだとしたら――。
(……いや、ないな)
1秒も経たずに俺はその可能性を却下した。あいつが恋する乙女みたいに恥じらってる姿なんて想像できない。もし素の姿がそれだったら名女優すぎる。
「でも笠原君、もしその子が本気だったらどうするの?」
小林さんが出し抜けに尋ねてきた。俺は意味がわからずに眉根を寄せる。
「笠原君は、その告白を冗談だと思ったからもう会わないって決めたんでしょう? でももし本気だったら、その子、笠原君に会えなくて寂しがってると思うわよ?」
「……いや、あいつはそんなこと思ってませんよ。俺がいなくたって、他に客はいくらだっているんだし……」
「お客さんはたくさんいても、笠原君は1人でしょう? 誰もあなたの代わりにはなれないんだから、会いに行ってあげるべきなんじゃない?」
俺は無言でうつむいた。『昔はモテた』と公言するだけあって、小林さんが語る女の心理はいちいち説得力がある。俺はだんだん自分が女の敵みたいに思えてきた。
俺が返事をできずにいると、そこでタイミングよく注文した品が運ばれてきた。俺はオムライス、小林さんはエビピラフ。小林さんは料理の方に気を取られ、俺達の会話はそこで立ち消えになった。俺はそのことに安堵しながらも、心の中では未だ小林さんの質問が渦を巻いていた。
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