9−2

 俺が喜美から告白を受けて間もなく3か月が経とうとしている。


 別にほったらかしにしていたわけじゃない。自分が喜美を好きなのか、付き合いたいと思っているのか、事あるごとに考えてきた。でも、あいつと一緒にいるとどうしても漫才みたいになってしまって、今一つそれっぽい雰囲気になれなかった。だから返事をしないまま時間だけがずるずる過ぎてしまったのだが、そうやって返事を引き延ばすことで喜美の時間を奪っていると最近になって気づいた。俺がいつまでも返事をしないと喜美は他の誰とも付き合えない。そう反省した俺は、年末までには返事をするという約束をした。先月上旬のことだ。


 以来、俺は今まで以上に真剣に返事を考えるようになった。喜美は急かすようなことは言わなかったが、それでも内心では気にしているだろう。俺は早く返事をしなければと焦りながらも、どうしても踏ん切りがつかずにいた。いったい何をそんなに迷っているのか、自分でもよくわからない。そうこうしている間に年末が近づき、決断を迫られて憂鬱になっているというわけだ。


「にしてもどんな奴なんだろうな、喜美さんが好きな男って」


 昌平が気を取り直して尋ねてきた。これ以上答えにくい質問はないと思いながら、俺は曖昧に「さぁ」と返事をした。


「喜美さん自身がめちゃくちゃ明るいからな。やっぱ同じくらい明るい奴が好みなのかな?」


「どうだろう……。男であの性格だったたら逆にうっとうしそうだけど」


「あ、じゃあ逆に無口でクールなタイプとか? 黙って話聞いてくれる感じのさ」


「あぁ、まだそっちの方が近いかもな」


 俺は頷いた。ただし俺は黙ってあいつの話を聞いてやるほど優しくない。むしろ突っ込みに突っ込みまくっているせいで常連さんには夫婦漫才などと言って冷やかされている。


「まぁでも、たぶん年上なんだろうな。こう、包容力のある大人の男って感じのさ。いつも黒いスーツで決めてて、あんまり笑わなくて、人と群れるのも嫌いで、煙草吸うのが趣味で、1人で喫茶店に入ってコーヒー飲んでるのが似合うような男なんだよ、きっと」


 昌平は勝手にイメージを固めていく。どこのハードボイルド俳優だよと俺は内心突っ込みながら、自分がカフェの店内で煙草をくゆらせながら優雅にコーヒーを飲んでいる場面を想像した。が、すぐに柄じゃないと思って止めた。


「でもそんなイカした奴が相手じゃどのみち勝ち目ないよなー。やっぱ別の相手探した方がいいのかなぁ……」


 自分が作り上げたイメージに昌平は勝手に敗北宣言をする。俺はこの話題に付き合わされるのがだんだん面倒くさくなってなってきた。


「好きにすれば? どっちにしても年内には決着つくと思うけど」


「年内? 何でそんなことわかんだよ?」


 昌平が怪訝そうに尋ねてくる。俺はそこで自分が失言をしたことに気づいた。


「あ……いや、その、3か月も経ってんだからそろそろ返事してもおかしくないと思って」


「何で3か月って知ってんだよ? お前そいつと知り合いなのか?」


「いや、その……」


 言えば言うほど土壺にはまっていく。俺は「そういや今度のテストさぁ」とあからさまに話題を変えようとしたが、「ごまかすなよ!」と昌平に凄まれて口を噤んだ。こちらを見据える昌平の目つきは鋭く、お茶を濁させてくれる気配はない。下手に言い訳するよりは正直に話した方がいいだろうか。でもさっきの会話の流れからすると俺がぶん殴られることは間違いない。どうしたものかと考えていると、前方から違う声がした。


「あれ、涼太?」


 天の助けとばかりに俺はその方を振り返った。が、安堵したのも束の間、そこにいた人物を見た瞬間に新たな動揺が俺を襲った。


「香織……?」


 顎のラインで切り揃えた黒髪、切れ長の目、グレーのコートに茶色のロングスカートというシンプルな服装。1年経ってもほとんど変わらないその見た目は間違いない。


「何だよ涼太、知り合いか?」


 昌平が尋ねてくる。俺は目の前の女を凝視したまま頷いた。香織は俺と昌平を交互に見つめた後、昌平に向かって声をかけた。


「あ、もしかして昌平? 久しぶりだね」


「あれ、どっかで会ったことあったっけ?」


「うん、覚えてない? まぁ会ったの1回だけだし、1年以上経ってるから無理ないかぁ」


 香織が大して気にしていない様子で言う。昌平はしばらく首を捻っていたが、やがて何かを思い出した様子で指を鳴らした。


「あ、もしかして香織ちゃん? 新歓コンパで会った?」


「そうそう。確か昌平もおんなじ席だったよね。自己紹介の時、絶対今年中に彼女作りますって宣言してたの覚えてる」


「そうなんだよ! なのに同じ席の子みんな涼太の方にばっか喋りかけてさー。おかげで途中からやけ食いしてたよ」


「まー、女子ってガツガツしてる男あんまり好きじゃないからね。涼太はいつも冷めてるから逆によかったのかも」


「マジか……。だから香織ちゃんもこいつの方に行っちまったんだな。俺、実は香織ちゃんのこともちょっと狙ってたのにさぁ……」


「そう? 嬉しいけど、たぶん告白されても脈なかったよ。あたしはその時から涼太がいいなって思ってから」


 香織が何でもないように言って笑い、昌平が悔しげに髪を搔きむしる。傍らで繰り広げられる2人の会話を前に、俺はどんな顔をすればいいのかさっぱりわからなかった。

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