12−16

 その後も店は大賑わいで、みんな食事が終わった後も客同士や喜美との会話を楽しんでいた。いつもより賑わっているのを聞きつけたのか新規の客も何人か来て、そのたびに最初に来たメンバーから順に名残惜しそうに帰って行った。会計の時にはみんな一様に喜美に礼を言い、必ずまた来ると約束した。

 たぶん噓ではない。こんなに居心地のいい店が他にあるはずがないからだ。




 忙しく店を走り回っている間に嵐のように時間が過ぎ、あっという間に閉店の時間を迎えた。最後まで残っていたのは本田さん、岡君、昌平の3人だ。昌平と岡君は肩を組んで帰って行った。このまま2軒目に突入する気かもしれない。


「いやぁ涼太、今日はおかげで楽しかったぜ」


 帰り際、俺がレジを打っていると本田さんが上機嫌で言った。


「美味い飯を食いながらみんなでわいわい騒いで……これが俺の知ってるたまご食堂なんだよな。昔を思い出して懐かしい気分になれたよ」


「喜んでもらえたならよかったです。まぁこっちはクタクタですけどね」俺は苦笑した。


「でも悪い疲れじゃねぇだろう? 客の喜ぶ顔がたっぷり見れたんだからよ」


「まぁそうですね。たまには忙しいのも悪くないって思いましたよ」


「そういうこった。自分の店が求められてるってわかって喜美ちゃんも嬉しかっただろうよ」


 喜美の名を出され、俺は何となく黙り込んだ。喜美は厨房で溜まりに溜まった調理器具や食器を洗っている。洗い物に夢中で俺と本田さんの会話は聞こえていないようだ。


「……なぁ涼太、お前さん、本当はずっと気づいてたんだろ?」


 不意に謎めいたことを言われ、俺は当惑した顔で本田さんを見た。本田さんは厨房の方をちらりと見ると、いつになく真面目な顔をして続けた。


「お前さんと喜美ちゃんが最初に話してるのを見た時から、俺はずっとそうじゃねぇかと思ってたんだ。お前さん自身は認めてなかったみたいだがな。

 でも、もう今さら隠すこともねぇ。お前さんも男だ。後やることはわかってんだろう?」


 じっと見つめてくる本田さんの視線から逃れるように俺はうつむいた。でも本田さんの言う通りだということもわかっていた。そうじゃなかったらこんなドッキリを仕掛けたはずがない。


「……そうですね。今度こそきっちりケリつけてきます」


 その言葉だけで内容を察したらしい、本田さんは俺の肩に手を置くと、「頑張れよ」とだけ言って店を出て行った。さっきまで騒々しかったのが噓のように店内は静まり帰り、喜美が皿を洗うかちゃかちゃという音だけが聞こえている。


 俺はレジの前でしばらく佇んでいたが、やがて決心すると厨房に向かった。

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